鯨料理のすすめ 山際千津枝(料理研究家)

勇魚 Dec. 2007 No.34

f0013182_0225697.jpg 「畝(うね)と水菜を薄味で煮たもの」や「おろし生姜をたっぷり添えた鯨の刺身」は今でも我が家のもてなしの定番。私の住む北九州市の小倉では鯨は身近な食べ物である。モラトリアム以降の高値にはため息をつくこともあるが、今も上質な鯨肉が簡単に手に入る。地域がらか、近くに鯨を扱っている魚屋も多く、小倉の中心街にある旦過市場には今でも2件の鯨専門店が店を開いている。北九州はつい最近までほとんどの市場に鯨専門店があり繁盛していた。北部九州に鯨を好む人が多いのはなぜだろう。

 1901年に日本ではじめての近代製鉄所である官営八幡製鐵所が作られた。当時490戸の八幡村には日本全国から仕事を求めて人が集まり、ピーク時には4万人以上が直接製鉄に従事していたと言われている。北九州はフロンティア精神にあふれた働き者が集う街であった。当時のにぎわいは今でも語り継がれるが、高温の中で働く人たちに安価で良質なタンパク源となる鯨が大いに好まれたのは当然の成り行きだと思われる。隣町は昭和30年まで日本一の石炭の積出港として隆盛を極めた若松。更に背後に筑豊炭田もひかえていた。

 重工業が衰退した後も、鯨を食す文化や嗜好は今でもここに暮らす人たちの中に生き続けているのだ。

 また、このあたりでは下関や長崎が近代捕鯨の街として知られているが、北九州も流通や消費の量では負けてはいなかった。昭和初期には北九州の戸畑に日本水産のトロール船基地があり、そのトロール船は鯨探船、運搬船として使われていて戸畑にも鯨があがっていた。鯨肉の加工も盛んであった。

 私は団塊の世代のハシリであるが、学校給食のご馳走は「鯨カツ」「竜田揚げ」「鯨汁」。大量の塩で漬けられ保存が効く「塩鯨」は当時から昭和60年代までのお弁当定番のおかずであった。鯨肉入りハム、ソーセージも忘れられない味である。夕食には今では贅沢品になってしまった「尾の身の刺身」が父の前に置かれ、子どもたちは茹でて縮れた「尾羽毛(おばいけ)の酢みそ和え」をいただいた。小さかった私は「オバイケ」と覚えられずに「オバケ」と言っていたのも懐かしい。

 現代と比べてアレルギーも少なく元気な子ども時代を送れたのは鯨のおかげだと思う。日本人にとって鯨肉がアレルギーを起こしにくいのは、古代より食べられ続けて体質になじんでいる証拠である。また、鯨に多く含まれるナイアシンは、欠乏すれば皮膚炎をおこしやすいとも言われている。エイコサペンタエン酸(EPA)は血液の擬固を抑制し、ドコサヘキサエン酸(DHA)は脳の活動を活発にし、吸収の良い鉄分は貧血予防に効果がある。良質のタンパク質を含んで牛肉や豚肉より遥かに低カロリーで公害汚染の心配のない南氷洋で育った鯨は、他の肉と比べての安全性が高いのは言うまでもない。もっと鯨肉が日常の食卓にのせられる条件が整えば狂牛病や鶏インフルエンザを今程心配しなくても良いのにと残念に思う。

 我々、昭和の年代が鯨料理を好むのは子ども時代に食べなれた味だからにちがいない。味覚は聴覚や視覚よりずっと保守的な器官である。音楽やファッションは新しいものに飛びつけても、経験の無い味に対しては臆病である。口から入るものは命に直結するからなのかもしれないが・・・。これ以上鯨が日常の食生活から離れると、調理法だけでなく味覚の記憶も薄れ、鯨を食する文化そのものを失いそうで心配である。

 児童対象の料理教室では必ず鯨料理を一品取り入れるようにしているが、嬉しいことにほとんどの子どもに「美味しい」と残さず食べてもらえる。手を付けない子どもに理由を聞くと「かわいそうだから」と言う。

 親の考え方そのままなのだろうが、こちらの考えを一方的に押し付けず「卵だって一つの命でしょ。野菜も生きているのよ。もっとお母さんやお父さんと話し合おうね」とだけ伝える。若い世代の親たちに日本人と鯨の関わりをもっと学んでほしいと思う。長い歴史の中で私たちの味覚を満足させ命をつちかってくれたものだから。

 難しく考えずとも、鶏や豚や牛肉の中に鯨という選択肢を一つ増やすのは決して悪いことではない。カロリーベースでの40%という自給率を考えても自国で補える食べ物が増えるのは意味が有る。

 ともかくちかごろ朝夕はめっきりと冷え込んできた。今夜あたり「鯨汁」でも作ろう。皮を薄切りにしてさっと湯引いてからタップリの出汁に入れ、ゴボウや里芋と柔らかく煮て味噌を溶き込む。ネギの小口切りを散らしてから九州特産の柚コショウをしのばせれば更に美味しい。ベーコンをごく細く切ってシャッキリとさせたタップリの貝割れ菜と混ぜ合わせて小鉢に盛りポン酢をたらそう。ベーコンの赤と白、カイワレの緑が相まって美しい一皿である。今夜も熱燗がすすみそうだ。
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by deracine69 | 2008-12-01 00:00 | 社会  

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