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世界で大流行、マラリアの迫りくる脅威

2007年6月29日 9時17分 日経BP

史上最悪の大流行が進行中 

マラリアは世界各地で猛威を振るっている。豊かな国の人々からみれば、この病気は身近な脅威というよりは、天然痘やポリオ(小児まひ)のように、すでにほぼ制圧された過去の感染症と思われがちだ。

 ところが、現実には世界は今、史上最悪と言ってよい大流行に見舞われている。流行地域は106カ国に及び、世界の人口の約半分がそこに暮らしている。今年は5億人が感染し、少なくとも100万人が死亡するだろう。命を落とすのは大半が5歳未満の子どもたちで、その圧倒的多数がアフリカに集中している。 20~30年前と比べて、年間の死亡者数は2倍以上に増えている。

 マラリア禍が騒がれだしたのは、ごく最近のことだ。マラリアは貧しい人々の病気とみなされ、欧米や日本などの先進諸国ではあまり注目されることがなかった。豊かな国々にはほとんど無縁な感染症であることが、この病気の最も不幸な側面だと言う専門家もいるほどだ。私たちの知らないうちに、極貧にあえぐ地域では羽の生えた“死神”の群れが人々を脅かし、マラリアのせいで地域社会が崩壊しかねない事態になっている。

 ここ数年、国際的な援助機関などがようやく、この問題に本格的に取り組みだした。世界保健機関(WHO)はマラリア対策を優先課題の一つに据え、マラリア対策専門の基金は2003年以降で2倍に増えている。中国の伝統薬や蚊帳から、最先端の多剤併用療法に至るまで、ありとあらゆる手段を駆使してマラリアを封じこめようというのである。制圧の決め手と期待されながらも一向にうまくいかない長年の難題、ワクチン開発に向けた研究も、日夜進められている。

 こうした援助は主に、サハラ砂漠以南のアフリカに散らばる、マラリア流行の最も深刻な国々に注がれている。これらの国々がマラリアを克服できれば、地球規模の対策のお手本となるだろう。では、もし失敗したら?

 この問いに、関係者は誰も答えたがらない。

 アフリカ南部の肥沃な灌木地帯にある内陸国ザンビアは、代表的な流行国だ。マラリアがこの国にどれほど壊滅的な打撃を与えているかは想像を絶する。5歳未満の子どもの罹患率が常時30%を超す州もある。

 患者数以上に厄介なのは、ザンビアで猛威を振るっているマラリアのタイプだ。人間に感染する4種のマラリア原虫のうち、ずば抜けて恐ろしいのが熱帯熱マラリア原虫だ。世界の感染例の約半数、そしてマラリアによる死亡の95%を引き起こし、脳症の原因となるのもこのタイプの原虫だ。アフリカでは、朝には元気にサッカーをしていた子どもが、その晩に熱帯熱マラリアで命を落とすことも珍しくない。

人類史に残るマラリアの足跡 

 マラリアはおかしな病気で、理屈や常識に合わない点が多い。

 たとえば、ほぼすべてのマラリア患者を治療するのは、一人も治さないより悪い結果を招きかねない。これは、流行が一時的に収まると人々は免疫による抵抗力を失い、流行が再燃した時にはさらに多くの犠牲者が出てしまうためだ。湿地の保全が叫ばれる昨今だが、マラリアを防ぐには湿地などなくしてしまったほうがいい。鎌状赤血球貧血は、死に至ることも多い血液の重い病気だが、その遺伝子を受け継いでいると、熱帯熱マラリアにかかりにくいという利点がある。優秀な研究者が世界各地で新薬を開発中の今でも、最良のマラリア治療薬は、1700年前に見つかった薬草ともいわれる。

 「マラリア原虫は、環境に適応してしぶとく生き残る天才です。人間は到底かないませんよ」と、米国立衛生研究所(NHI)のマラリア研究者ロバート・グワズは言う。

 マラリア原虫は、現生人類であるホモ・サピエンスの誕生以前、初期人類の時代から私たちの体に寄生してきた。マラリア原虫もハマダラカも、はるか大昔からいた生物だ。マラリア原虫は、その長い進化の歴史を通じて、宿主の免疫系の弱点をたくみに突く手段を獲得してきた。宿主となる生物は人間だけではない。ネズミ、鳥、ヤマアラシ、キツネザル、サル、類人猿などのさまざまな動物をそれぞれの宿主とする、多様なマラリア原虫が存在する。

 人類の歴史上、マラリアの魔手を逃れた文明はほとんどない。古代エジプトのミイラにはこの病気の痕跡があるし、古代ギリシャの医学の祖、ヒポクラテスも特有の症状を書き残している。アレクサンドロス大王の死と大帝国の崩壊を招いたのも、フン族やチンギス・ハーンの軍勢の大遠征に待ったをかけたのも、実はマラリアだったのかもしれない。

 マラリアという病名は、イタリア語のマル・アリア(悪い空気)に由来する。何世紀も流行が続いたローマでは、沼沢地から生じる毒気(瘴気)がその原因と信じられていた。

 何人ものローマ法王がこの病気で命を落とし、イタリアの詩人ダンテの死因もマラリアだった可能性がある。通算すれば人類の半数はマラリアで死んだとみる研究者もいる。

国を挙げて撲滅めざすザンビア

 ザンビアは今まさに、国を挙げてマラリアの根絶に取り組んでいる。1985年には3万ドル(約360万円)しかなかった対策予算も、外国からの援助が加わり、現在では4000万ドル(約48億円)に達している。患者の多くは治療を受けていないため、マラリアの原因や症状を説明し、医師に診てもらうよう呼びかけるポスターが全国各地に貼られている。国民に正しい知識を広め、治療薬、殺虫剤、蚊帳を駆使してマラリアを撲滅するのが目標だ。

 新たな治療方法の普及にも力を入れている。使われる新薬は、意外なことに、中国の伝統薬をもとに開発された。キク科ヨモギ属の植物、クソニンジン(学名 Artemisia annua)を用いた処方は、4世紀中国の医学文献にすでに記述があるが、中国医学以外の世界では知られていなかった。この薬草から生まれた薬アルテミシニンは、キニーネに匹敵する威力を発揮するばかりか、ほとんど副作用がなく、マラリア治療の“最後の砦”とみられている。

 ほかの薬も引き続き治療に使われてはいるが、アルテミシニン以外のあらゆる薬(キニーネも含む)に対しては、すでに耐性をもつマラリア原虫が出現している。アルテミシニンに耐性をもつ原虫の出現を防ぐため、アルテミシニン誘導体と他の抗マラリア薬を併用する多剤併用療法(ACT)が開発されている。

 ザンビア政府は殺虫剤も大量に購入し、流行の特に深刻な地域に提供して、毎年雨期に入る直前に各戸で散布するよう指導している。一定量の屋内散布に限ったうえで、DDTの使用も認めた。また、ハマダラカが人を刺すのは、夜寝ている時がほとんどなので、蚊帳も有望な対策の一つだ。実際に、殺虫剤を練りこんだ繊維でできた防虫蚊帳を配布している。

 計画それ自体はさほど複雑ではないものの、その遂行は一筋縄ではいかない。国民の多くは医療機関のない地域に住み、露店の売薬に頼っている。ACT用の薬は1錠1ドル余りすることもあり、7割以上の国民が1日1ドル以下で暮らすこの国では高嶺の花だ。人々はしかたなく値段が6分の1程度のほかの薬を買うが、熱が下がって一時的に楽になるだけで、寄生虫の駆除にはほとんど役に立たない。

 古くからの、さまざまな迷信も妨げになる。全土に配られた撲滅キャンペーンのポスターにはこう書いてある。「マラリアの原因は呪いではありません。汚い水を飲む、雨に濡れる、未熟なサトウキビをかじるといった行動も、マラリアとは無関係です」

 子どもが脳マラリアの症状であるひきつけを起こすと、悪霊がとりついたと思って祈祷師に助けを求める親もいる。祈祷が効かず、病院に連れてきた時には手遅れというケースが後を絶たない。

 蚊帳も、配布するだけで期待通りの効果が上がるわけではない。蚊帳が予防に役立つことには疑う余地がなく、最新の防虫蚊帳ならなおさらだが、予防効果を上げるにはまず、蚊帳が必要な人々の手にしっかりわたり、正しく使われる必要がある。

 蚊帳の配布には政府軍まで駆り出されているが、各家庭に配られたからといって安心はできない。ただでさえ暑くて寝苦しい熱帯地域では、蚊帳を吊るとよけいに寝苦しさが増すため、人々はなかなか使いたがらない。蚊帳を吊っている家でも、子どもが寝返りを打って足が外にはみ出たり、蚊帳にほころびでもあれば、蚊に刺されるのは防げない。支給された蚊帳を、魚をとる漁網代わりに使っていた例もある。撲滅キャンペーンでは奥地の村々を劇団が巡回し、芝居仕立てで正しい蚊帳の使い方を村人たちに教えている。

 こうした困難な状況下でも、ザンビアの取り組みは徐々に成果を上げている。2000年の調査では、5歳未満の子どもがいる家庭の防虫蚊帳の使用率はわずか 2%足らずだったが、6年後の調査では23%まで改善した。また政府によると、「コアルテム(商品名)」というACT用の薬について、今では国民全員が無料で服用できる体制が整っているという。ザンビアではこれまで毎年5万人の子どもたちがマラリアで死亡してきたが、今までの数字をみるかぎり、今年は死亡率が3割以上低くなりそうだ。

 「今が正念場です」と、アフリカマラリア対策・評価パートナーシップ(MACEPA)のケント・キャンベルは話す。「アフリカではこれまでに、マラリア対策に取り組んだ国の成功例が一つもありません。失敗例ばかりで、悲観的なムードが広がっているのです。しかし、ここでザンビアが成功すれば、ドミノ倒しのようにほかの国々にも運動が波及するはずです。逆に、万が一失敗したら外部の支援機関にも見放され、どんどん事態は悪くなるでしょう」

 マラリア対策では、どれだけ時間と資金と労力を費やしても、人間の手に負えない難題が立ちはだかる。絶えず突然変異を起こして環境に適応する寄生虫、マラリア原虫に生来備わった、そのしたたかな生き残り戦略だ。

 ACTは強力な治療だが、いずれはこの薬にも耐性をもつ原虫が現れ、治療の手だてがなくなるのではないかと専門家は懸念している。DDTにしても、使用が禁止される以前にすでに、耐性をもつハマダラカの出現が各地で報告されていた。再び使われるようになった以上、DDT耐性の蚊が出現し、増えていくのは確実とみられる。しかも、地球温暖化がこのまま進めば、ハマダラカが今はいない高地や高緯度地域にまで、生息域を広げるおそれもある。

 治療薬と殺虫剤と蚊帳という“三種の神器”だけでは、完全な制圧は望めそうにない。求められているのは、さらに決定的な武器だ。

以上の記事は月刊誌「ナショナル ジオグラフィック日本版 7月号」の特集からの抜粋です。さらに詳しい内容を読まれたい方はこちら

by deracine69 | 2007-06-29 09:17  

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