<赤城農相>政治団体、退去後も事務所費計上 実在と記載

7月21日15時2分配信 毎日新聞

 赤城徳彦農相(衆院茨城1区)の関連政治団体「つくば政策研究会」(04年に解散)が97~03年の7年間、すでに東京都港区新橋のオフィスビルから退去していたにもかかわらず、政治資金収支報告書には、この場所に事務所が実在するように記載し、事務所費など経常経費を計1215万円計上していたことが、毎日新聞の調べで分かった。赤城事務所は「事務所の異動届を怠っていた」と釈明している。一方、研究会の元代表は「移転した事実も、活動実態も全く知らなかった」とも証言している。【日下部聡、苅田伸宏】

 官報によると、同研究会は赤城農相が初当選する前年の89年2月に設立された。解散する04年2月まで、新橋のオフィスビルに事務所を置く政治団体として存続した形になっていた。同ビル関係者などによると、実際には96年8月で退去。97年以降は赤城農相とは関係のないテナントが入った。

 しかし、政治資金収支報告書では、研究会は97~03年の間、同ビルに事務所を置き、家賃などの事務所費に年8万~56万円のほか、人件費に年37万~346万円▽光熱水費年に8万~39万円▽備品・消耗品費に年11万~36万円――を支出したことが記載されていた。

 毎日新聞の取材に、赤城事務所は「97年以後は(研究会の業務は)茨城県下妻市の事務所や、下妻の会計責任者の自宅で事務を行い、その経費を計上した」「新橋の事務所を移転した後、会計責任者が異動届を怠っていたことから疑念を招いてしまい、今後は同じ過ちを起こさないよう会計責任者を厳しく注意したところであります」と文書で回答した。

 政治資金規正法は、事務所の移転があった場合は7日以内に選挙管理委員会か総務省に届け出ることを義務付けており、これに違反した形だ。

 また、赤城事務所は研究会について「地元の有力者らが設立した。代表者が高齢のために解散した」と説明した。
 だが、04年の解散当時代表だった茨城県の元町長は取材に対し「赤城事務所の秘書に頼まれて代表になった。研究会の事務所がどこにあるのかも知らなかった。解散は秘書から事後に知らされた」と話している。

 赤城氏を巡っては、関連政治団体「赤城徳彦後援会」が茨城県の実家を所在地としながら05年までの10年間に約9045万円の経常経費を計上するなど不自然な点が指摘されてきた。しかしこうした問題について赤城氏は「適切に処理している」などとするだけで具体的な説明を避けている。
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by deracine69 | 2007-07-21 15:02 | 政治  

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