参院選 漂う悲哀「郵政造反・くら替え組」 失った地盤・看板…

7月26日14時27分配信 産経新聞

 29日投票の参院選に比例代表で出馬し、国政復帰をもくろむ2人の元自民党衆院議員がいる。ともに平成17年の郵政民営化法案に反対、直後の「小泉劇場型選挙」に翻弄(ほんろう)されて落選の憂き目にあった。「地盤」と「看板」を失ったことで、再び荒波にもまれる選挙戦。今回は衆院から参院への転身を目指す「くら替え候補」が急増し、「節操がない」との世論も追い打ちを掛ける。にじむ“悲哀”を票に変えられるか、敗者復活戦の答えは目前に迫った。

■怨嗟

 「小泉との戦いに敗れた…」。17年9月12日未明、衆院東京10区で落選が決まった小林興起氏(63)は、うつろな目でマイクの前に立った。

 郵政民営化法案の衆院採決では反対の青票を高々と掲げ、当時の小泉純一郎首相から同区の“刺客”として小池百合子氏=現防衛相=を送り込まれた。落選直後には、公選法違反(詐偽投票)容疑で私設秘書らが逮捕され、まさに「泣きっ面にハチ」となった。

 あれから2年。小林氏は国民新党の比例代表として立候補し、捲土(けんど)重来を期す。胸にあるのは、かつての身内である自民への怨嗟(えんさ)と、「郵政」へのこだわりだ。

 「あんな(郵政民営化)法案を改革と称した小泉政権は許せない。今回の参院選で、そのデタラメを訴えている」

 比例代表では知名度のある候補が有利とされるが、皮肉にも小林氏が背負ったイメージは「抵抗勢力の代表格」。その払拭(ふっしょく)に策はあるのか。

 「悪人として有名になってしまったからなあ…。でも私の生の声を聞いてもらえれば、名誉が回復し、投票してもらえるだろう。年金問題で自民に逆風が吹き、天が味方をしてくれている」。前向きにとらえ、全国遊説で声をからす日々だ。

 とはいえ、選挙戦の現実は甘くない。後援会関係者は「野党候補になったことで、以前に支持してくれた地元組織の票は見込めない。『郵政』にしても、一般の有権者にとってはもはや過去のこと。固執しても票に結び付くかどうか」と戦略を固めきれずにいる。

 「議員にならなければ何もできない。衆院にはこだわらない」(陣営幹部)。東大-通産省(当時)の官僚-自民のホープ、と常にエリートコースを歩んできた小林氏。なりふり構わぬ姿勢からは強烈なプライドがのぞく。

■冷酷

 同じ「郵政造反組」だった衛藤晟一氏(59)も、悲壮感漂う状況を強いられている。

 比例代表の「非拘束名簿方式」では個人名投票の得票順で当選者が決まるため、地盤が狭い元衆院議員は本来、地元の票固めをして当選を目指す。ところが、自民比例代表の衛藤氏は地元・大分県で選挙活動を行っていない。

 17年の総選挙は大分1区で落選。今年3月、盟友の安倍晋三首相の意向で復党を果たし、参院選への出馬が決まった。国政復帰への道筋は順調にみえたが、「公明党の猛反発」という思わぬ障壁が立ちはだかった。

 衛藤氏が比例代表で出馬すれば、選挙協力で大分の自民支持者から公明に来るはずの比例票が衛藤氏に流れる-との理屈だ。公明から「配慮」を求められた自民は、衛藤氏に大分での選挙運動禁止を言い渡した。

 「全国を回ってカバーするしかない。本当に予想外の制約だった」と衛藤氏は話す。

 大分からの引っ越しや住民票の移動も命じられる徹底ぶり。トランク1つで福岡市のマンションに移ったが、党本部側から「九州内では意味がない」と激怒され、わずか2週間で東京に引っ越す羽目に。

 それでも衛藤氏は、公示前の6月27日に福岡市で決起集会を計画。「福岡から『衛藤は大分を捨てたわけではない』というメッセージを伝えたかった」(陣営関係者)。会場には大分からも約300人の支持者が駆けつけたが、結局、衛藤氏は自民幹部の指示で出席できなかった。

 衆院当選4回の実績も形無し。あまりに冷酷な仕打ちに、支援者からは「ひどすぎる」との声が漏れた。

 「自分だけの問題ならケンカもできるが…」と言葉少なに語る衛藤氏。自・公連立のはざまで、苦悶(くもん)の終盤戦を迎えている。
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by deracine69 | 2007-07-26 14:27 | 政治  

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