【週末に読む】選挙とメディア

8月4日16時25分配信 産経新聞

 ジンクスは、やはり生きていた。12年に1度の「亥年」選挙イヤーには「大変」が起きるといわれる。現職大臣の自殺にはじまる不気味な予兆は、現実となった。

 「安倍政権、墜落す!」

 参院選の公示前に発売されたオピニオン誌『諸君!』8月号(文藝春秋)には、すでにこんな見出しが躍っていた。特集の座談会で、ジャーナリストの田勢康弘は語った。

 「45議席がボーダーラインかな」

 結果は、その予想をはるかに超えた。開票速報のテレビ番組で、コメンテーターをつとめた田勢の茫然とした表情が、印象的であった。

 私たちは、今回の参院選と2年前の衆院選を比較したくなる。小泉自民党の勝利。安倍自民党の敗北。ともに「歴史的」と呼ぶことができる。

 小泉選挙は、メディアと政治の関係に課題を残した。民放テレビ局報道局長の金平茂紀は、新著『テレビニュースは終わらない』(集英社新書)で明快に指摘した。

 「あの選挙報道で、メディア側は争点の設定に失敗したのではないか」

 つまり、政権側は郵政民営化だけに争点をしぼった。メディアはその思惑にまんまと乗せられ、翻弄された。選挙戦では、野党だけでなく、メディアも敗北したのである。

 その苦い“敗戦”について、放送ジャーナリストの鈴木哲夫は重く受けとめる。新著『政党が操る選挙報道』(同)に自戒をこめた。

 「権力の世論誘導に加担するなら、テレビジャーナリズムは死んだも同然だ」

 鈴木がとくに注目するのは、政党によるコミュニケーション戦略の実態である。郵政選挙では、話題を呼ぶ新人候補のセリフひとつまで戦略本部で指示していた。

 もちろん、どの政党もメディア戦略には取り組んでいる。自民党と野党の戦略は、どこに差があったのか。ここで鈴木の分析は説得力がある。

 「それは、危機管理の差であった」

 選挙戦にすこしでも不利な情報があれば、すばやく対策の手を打った。こうした危機管理の徹底こそ、じつは最大の勝因であった。


 なんと皮肉なことだろう。今回の自民党は、前回の教訓をすっかり忘れたかのように、つぎつぎと危機管理のほころびをみせた。“逆風”は、そのツケであろう。

 いまや政治におけるメディアの重要性は、劇的に高まった。蒲島郁夫・竹下俊郎・芹川洋一による共著『メディアと政治』(有斐閣)は、その現状を分析した。

 メディアが変われば、政治も変わる。現代の娯楽化したメディアを最大限に利用したのが、小泉政権であったことは、いうまでもない。

 「政治とメディアの間は“支配”ではなく“誘惑”の関係となった」

 政治権力による“介入”に対して、これまでメディア側は神経をとがらせて警戒してきた。思いがけない“誘惑”には、意外に弱かったといえるかもしれない。

 「民主主義という大芝居には、政治家という役者と国民という見物人が要る」

 劇場型政治という言葉もない時代に、こう喝破したのは小林秀雄であった。『全作品集 第21巻』(新潮社)によると、その文章には続きがある。

 「政治家は、見物のこわさを知る名優でなければならない」

 名優の条件は、いまも変わりはしない。(山田愼二)
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by deracine69 | 2007-08-04 16:25 | 政治  

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