小泉、一年間の沈黙の先に

政界再編のキーマンは9月に動き出す
2007年8月6日 NB online

 「小泉さん、もう1回総理やって」

 7月21日、名古屋市の県勤労会館で、前首相の小泉純一郎が参院選の応援演説をしている最中のこと。突然、会場に女性の声が響きわたった。

 それまでは会場からの声を上手に受け取めながら話を進めていた小泉の演説が、その一言で途切れた。

 「私はもう総理やめたから。総理大臣は安倍さん。もう時間? 次へ行かないといけないし…」

 小泉はあわてて話題をイラク派遣から切り替えた。参院選で全国行脚しながら、余裕に満ちた演説を重ねていた小泉が、ひるんだ一瞬だった。「次に行かないと」と言いながらも、それから10分近く演説は続いた。

「やらない。もう、やらない」

 参院選を戦った自民党総裁の安倍晋三と、民主党代表の小沢一郎。明暗を分けた2人に共通するのは、ここまで見てきたように小泉シンドロームの影が選挙を通じてつきまとったことだ。

 選挙を、そして政治の進め方を一変させた小泉。その張本人は昨年9月に首相を退いてから、選挙の応援を除けば一切公衆の前に姿を見せず、沈黙を守ってきた。

 小泉の応援演説は街頭を避け、定員が決まっている会場に限定された。首相の安倍より聴衆を集めたのでは、現職がかすんでしまう。そんな配慮があってのことだった。愛知県を地盤とする衆院議員の見立てでは、「名古屋駅前で街頭演説をやったら小泉さんなら1万人、安倍さんでは5000人」。今回の参院選で応援にかけつけた10カ所余りの会場では立ち見が続出し、それでも入りきれない支持者たちはテレビモニターを置いた別会場へと移動した。

 テーマソングであるX- JAPANの楽曲とともに姿を見せるや会場は沸き立つ。演説終了後は会場の出口に熱烈な支持者が群がり、まるで芸能人のように携帯電話のカメラと歓声が向けられる。

 自民党の敗北について、小泉が進めた構造改革の痛みに地方からの反発が強まった結果という見方もある。後継者となった安倍の敗北に、小泉の責任を問う声も聞かれる。それでも小泉が応援にかけつけた選挙区の候補者12人のうち当選は7人、半分以上の候補者たちが笑った。自民惨敗という状況の中では、依然として小泉は選挙に強い政治家と言える実績だ。

 小泉再登板――。

 安倍が続投を宣言し、自民党を挙げて支えることになった参院選直後には、現実味の乏しい話に聞こえるかもしれない。ただ、いずれ衆院解散、総選挙となり、選挙に勝てるリーダーは誰かが問われた場合、話は別だ。

 もちろん、首相当時の組閣で事前に一切の情報が漏れず、サプライズ人事を披露した小泉が、この段階で再登板をにおわすはずもない。

投票日直前、「民主党は割れる」

 この春、小泉は休暇を楽しむため伊豆・修善寺を訪れている。同行したメンバーは元郵政大臣の野田聖子、作家の林真理子、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社長の増田宗昭ザ・アール社長の奥谷礼子。「不機嫌の会」という、林の小説から名づけられた会の参加者である。

 メンバーの1人が小泉に尋ねた。

 「もう一度、小泉内閣、やらないんですか」

 小泉の返事は素っ気なかった。

 「やらない。もう、やらない」

 やり取りを聞いていた参加者の1人はこう感じたという。

 「赤穂浪士も切腹したから歴史に残った。のこのこ生きてたら歴史は忘れ去る。小泉さんの美学から言って、再び自分から打って出るようなことはあり得ない」

 一方で、全く逆のことも感じていた。

 「政界再編の後に、自民党総裁ではない形なら考え得るかも…」

 政界再編。小泉の視野には、そんな可能性も入っている。小泉にごく近い関係者は、小泉自身が参院選の投開票日の直前に語った一言が耳から離れない。

 「今度の参院選で、民主党は勝っても負けても割れますよ」

 ワンフレーズだけで、小泉からそれ以上の説明はなかった。民主党の分裂がどういう形で起きるのか、なぜ起きるのかについては分からない。しかし、永田町に吹く政治の風を読む能力に小泉が長けていることを知る身としては、無視できない一言と思えてならないのだという。

 民主党が割れる――。その人物が小泉から、この言葉を聞くのは2回目だった。

 前回は2001年4月のことである。小泉は自民党総裁選で3度目の挑戦に賭けていた。事前の形勢は元首相、橋本龍太郎が有利だった。旧森派(現町村派)が事務所を構えていた東京・赤坂プリンスホテルの旧館玄関からクルマに乗り込む際、小泉からこう耳打ちされた。

 「総裁選で私が負けたら、民主党が割れますよ」

 総裁選は小泉の勝利に終わった。だから、その言葉の真偽は今も分からない。ただ、「小泉が総裁選に出た時、民主党の一部と政界再編を仕掛ける手はずが整っていた」という話は永田町でまことしやかに語り継がれている。

 沈黙を守ってきた小泉。政界再編のキーマンとして動く日は来るのか。

 「次男の(小泉)進次郎さんが、父親の地盤を継いで国政に出るでしょうから、それを見守って、私も引こうと思っている」

 地元、横須賀の有力支援者からは、こんな話が聞かれるようになった。現在、小泉65歳。政治家としての終盤戦に入っている。

 小泉の場合、いつまでも国会議員にとどまりづらい事情がある。首相だった時、元首相の中曽根康弘と宮澤喜一に高齢を理由に引退勧告したからだ。小泉に残された時間は、そう長くない。動き始める日は9月末にやってくる。

 「9月26日を迎えるまで小泉さんは表立った動きはしない。それが不文律」

 小泉に近い人物は、こう解説する。昨年のこの日、小泉は首相の座から離れた。首相時代の様々な対立を和らげるためにも、1年間は波風を立てないのが得策との考えが働いているようだ。例外が、与党候補者に対する選挙応援だった。「静かにしているから余計にミステリアスで、存在感も衰えない」(自民党議員)といった副次的効果も生まれた。

 秋の臨時国会は、まるで小泉再始動を待つようなタイミングで召集される見通しになっている。参院惨敗の影響で、にっちもさっちもいかない国会運営が、辞任を固辞する安倍を追い詰めるとの見方がある。その時、政局は大きく揺れる。

 戦後政治史に田中角栄以来のイノベーションをもたらした小泉。果たして、乱世に政界再編へと動くのだろうか。

 日経ビジネス 2007年8月6日・13日号12ページより
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by deracine69 | 2007-08-06 06:00 | 政治  

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