元伊藤忠商事会長の瀬島龍三氏死去 政財界の黒衣役も

2007年09月04日03時10分 朝日新聞

 元伊藤忠商事会長で、臨時行政改革推進審議会(新行革審)会長代理や東京商工会議所副会頭なども務め、戦後の政財界の黒衣役として隠然とした影響力をもった、瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)さんが4日午前零時55分、老衰のため東京都内の自宅で死去した。95歳だった。通夜や葬儀の日取りは未定。

 1911年、富山県小矢部市生まれ。陸軍士官学校、陸軍大学を首席で卒業し、39年に陸海軍の作戦・用兵などを担当する大本営参謀になった。43年のガダルカナル島撤収作戦の主任参謀などを務めた後、終戦直前の45年7月、中国東北部に駐屯していた関東軍参謀に転出。停戦交渉に携わった後、そのまま56年夏まで旧ソ連に抑留された。

 帰国後、58年に伊藤忠商事に航空機部嘱託として入社。独自の情報網や人脈を駆使して同社の業績向上に貢献し、安宅産業との合併責任者として活躍するなど、繊維商社から総合商社に脱皮させるのに力を尽くした。

 副社長から副会長、会長を経て81年から相談役。同年11月から東商副会頭となり、消費税の導入に対して、政策委員長として反対論を抑える役割を果たした。

 また、故土光敏夫経団連名誉会長が力を入れていた臨時行政調査会(土光臨調)と、旧行革審でも委員を務め、その後の新行革審では大槻文平会長の下で会長代理として、政官界と財界の橋渡し役となった。

 83年に当時の中曽根首相が電撃的に韓国を訪問した際には、「密使」として日韓のパイプ役になるなど、戦後政治の様々な場面で保守政治家のブレーンとして活躍した。

 山崎豊子さんの小説「不毛地帯」のモデルとされる。著書に「瀬島龍三回想録 幾山河」。

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元伊藤忠会長の瀬島竜三氏が死去…元陸軍参謀、臨調委員も
9月4日3時17分配信 読売新聞

 元大本営陸軍参謀で元伊藤忠商事会長の瀬島竜三(せじま・りゅうぞう)氏が4日午前0時55分、老衰のため、東京都調布市西つつじヶ丘2の20の5の自宅で死去した。95歳だった。

 葬儀、告別式の日程などは未定。

 伊藤忠では、安宅産業の合併など特命事項を担当し、同社の国際化、総合商社化に力を発揮した。

 政界にも顔が広く、1983年に当時の中曽根首相が訪韓した際には、密使として地ならしをした。臨時行政調査会(臨調)、臨時教育審議会の委員、臨時行政改革推進審議会(行革審)会長代理などを歴任。84年に勲一等瑞宝章を受けた。山崎豊子の小説「不毛地帯」のモデルとされる。

瀬島龍三氏が死去 元伊藤忠商事会長
9月4日3時9分配信 産経新聞

 旧大本営陸軍部参謀で、戦後は臨時行政調査会(臨調)や、臨時行政改革推進審議会(行革審)などの委員を歴任した、元伊藤忠商事会長、瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)氏が4日午前0時55分、都内の自宅で老衰のため死去した。95歳だった。富山県出身。葬儀・告別式等詳細は未定。

 陸軍大学校卒。昭和14年、大本営陸軍部参謀、のちに同海軍参謀兼務(作戦課)。敗戦と同時に旧ソ連に11年間抑留され、31年8月帰国。33年1月伊藤忠商事入社。53年6月同社取締役会長、56年6月相談役、62年7月から特別顧問、平成12年に退任。

 昭和50年代から日本商工会議所特別顧問、東京商工会議所副会頭など財界の要職のほか、臨調、新・旧行革審議会の委員を務め、“小さな政府”づくりに尽力した。また、平成3年9月には外相の諮問機関・外交強化懇談会の座長に就任し、日本の外交政策のあり方をまとめた。
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by deracine69 | 2007-09-04 03:17 | 経済・企業  

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