「美しい国」内閣の呆気なくも情けない終焉

あまりにも唐突な首相辞任劇が物語るもの
2007年09月14日(金) 17時40分 CNET Japan Blogs

■はじめに
安倍首相の支離滅裂な言動に異変を感じて、このブログに消えた国民年金データ問題の大いなる疑惑と欺瞞をアップしたのが2ヶ月前。
その後の参議院選の歴史的大敗や、相変わらずのお粗末な内閣人事の任命責任の追求にもめげずに頑張っているように振る舞っていた安倍首相も、とうとう八方塞がりの状況を如何ともしがたく、文字通り土壇場で政権を投げ出した。憲政史上、時の政権がこんなブザマな格好で「突然死」した例は前代未聞のことだ。

実はあの突然の辞任発表前までは、もはや年内の首相辞任は不可避であると観てとれたので、そのときに備えて以下のようなコメントを考えていた。

■今となってはボツとなってしまった辞任用に準備したコメント(といいつつも、しっかり使い回させていただくが)
テロ特措法という、カッコ好く辞める口実が見つかったのは安倍首相にとってご同慶の限りである。それにしても日本国民の民意は全く顧みなかったくせに、アメリカへの義理立て(国際貢献という大義名分だが、その実体は不透明極まりないものだ)を国際的公約と勝手に決めて、その挙げ句にあっさりと辞任とは、向いている顔の方向がアサッテで、やることなすこと見当違いでKY(空気が読めない)もいいところだ。
こんなことなら日本国憲法改正の発議など考えずに、いっそアメリカの51番目の州にでもなることを発議されたほうがいいのでは。そうすれば、これほど北朝鮮にナメられて、拉致問題も長引くこともないだろうし、英語のできない公務員はどんどんリストラすればいいから、財政赤字も解決するはず。それにいつか来るであろう膨大なアメリカへの対外債権が焦げ付く日の心配をしなくてもすむし、猫の目のように変わる為替レートに一喜一憂することもない・・・

■日本がこれほど「情けない国」だと感じたことはなかった
以上のような嫌みタップリの「毒々コメント」や、沸々として煮えたぎっていた「怒りのエネルギー」も、あの前代未聞の発表を知った途端に唖然呆然で雲散霧消、その後思いつくのは「脱力系」の気の抜けた内容ばかりで、すっかり毒気を抜かれてしまった。
それにしても、今まで生きて来たなかで、これほど日本人である事が情けなくて、恥ずかしく感じたことはちょっと記憶にない。

ようやく一夜明けて、発表当日はすっかり意気消沈し、国民に申し訳ないなどとシオラシイ反省の弁ばかりだった自民党のセンセイたちが、その舌の根も乾かないうちに喜々として権力闘争に奔走するあさましい姿を目にするに及んで、再び筆者に怒りのエネルギーが充満し、少し立ち直ってきたので、本稿をアップすることにした。

■もはや自民党は政権政党の名に値しない無能集団だ、早々に下野せよ
政治の空白は、今回の「9,12自爆辞任玉砕攻撃」で始まったわけではない、首相が美辞麗句と空理空論を弄んでいたこの1年が丸々政治空白だったのだ。
「美しい国」の実態は腐った官僚どもが国家と国民に寄生し、国民が真面目に働こうにも、ろくな仕事にありつけず、ワーキングプアやネットカフェ難民、果てはリストラされたホームレスとなってさまよう「情けない国」と化した。
安倍首相の退場とともに、2001年春から昨秋までの小泉構造改革バブルも呆気なく崩壊したとみるべきだろう。小泉元首相が当初公約した通り自民党は「ぶっ壊れた」のだ。小泉チルドレンたちよ、「国会議員センセイごっこ」はもうおしまいにして、とっとと自分のお家に帰りなさいといいたい。
こんな中で衆議院を解散し、総選挙をやったところで、自民党のセンセイ方の弁解がましくも白々しい選挙演説を聞かされる選挙民こそいい迷惑で、国費の無駄使いだ。自民党など解党して早々に下野せよ。

■日本に残された最悪にして最大の既得権である「議員の世襲」を廃止せよ
今回の出来事で、議員の世襲制の弊害を国民は嫌というほど再認識したことだろう。これは日本の政治の構造的な欠陥だ。もはやひ弱で頼りにならない2世3世議員は国会を去るべきだ。政治の世界こそ構造改革を最も必要としていたのだ。
国会議員の世襲制を禁止する法案(同じ選挙区から同じ親族の立候補を禁止する)を最優先で成立させよ。これが出来ない限り、国民の政治に対する信頼は修復できないだろう。
繰り返していいたい、国会議員は家業ではない。この点についての認識が全くなく、元総理大臣の子供や孫というだけで、年端もいかないガキどもや小娘(ではなくて、オボッちゃま、オジョーちゃまか)を担ぎだす愚劣な選挙民にも大いに責任があり、深く反省すべきだ。

■おわりに
ここまで書いてきても、筆者の怒りは収まりそうにない。
どうにもやりきれないので、何か心を鎮め、前途に希望を抱かせるような話題はないかと思いを巡らしていくうちに、ひとつ思い当たったことがある。
6年前の9.11同時多発テロのとき、自らの命の危険も顧みず、崩れ去ろうとしているツインタワービルに取り残されている人々を助けるために、濛々たる粉塵の中に消え、階段を上り、燃え盛る火の中に飛び込んで行った勇敢な消防士たちのことだ。あのような人々がまだこの世にいる限り、確かな希望はあると思いたい。

彼らを讃えたブルース・スプリングスティーンのInto The Fire の一節を引用して締めくくりたい。

May your strength give us strength
May your faith give us faith
May your hope give us hope
May your love give us love
(以上 Into The Fire より引用)

 以下はその筆者拙訳:
あなた方の力を我々に授けたまえ
あなた方の信じる心を我々に授けたまえ
あなた方の希望を我々に授けたまえ
あなた方の愛を我々に授けたまえ

日々自分の持ち場で報われる事の少ない仕事を黙々と遂行する人々と、口先だけは一丁前だが、いざというときには尻尾を巻いて逃げ出す一握りのエリートたち・・・同じ人間でも何という違いであろうか。
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by deracine69 | 2007-09-14 17:40 | 政治  

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