「負の遺産」克服できず 安倍政権、25日に幕

'07/9/23 中國新聞

 安倍政権は二十五日の内閣総辞職で、二十六日の発足一年を目前に幕を閉じる。安倍晋三首相(53)は初の戦後生まれのリーダーとして長期政権を目指したが、一連の閣僚不祥事をめぐる危機管理対応で未熟さを露呈。格差問題など小泉改革の「負の遺産」にも手を打てず、国会開会中の“政権投げ出し”への厳しい視線を浴びながらの失意の退場となる。(肩書はいずれも当時)

 ▽機能不全

 首相は官邸主導の確立に向けて、塩崎恭久、下村博文、世耕弘成、根本匠各氏ら側近議員を正副官房長官、首相補佐官に起用し「チーム安倍」を結成した。だが政務担当の井上義行首相秘書官を含め各メンバーが「個人プレーに走り、機能不全に陥った」(官邸筋)とされる。

 特に松岡利勝農相らの「政治とカネ」問題、柳沢伯夫厚生労働相と久間章生防衛相による失言や、年金記録不備問題で対応が後手後手に回り、政権への深刻な不信感を招いたことが参院選惨敗の大きな要因になった。

 官邸には「アジア・ゲートウェイ戦略会議」「成長力底上げ戦略構想チーム」など政策検討会議を次々に設置し、政策の目玉づくりを狙ったが、関係省庁との調整不足が目立ち、いずれも空振りに終わった感が強い。

 ▽理念先行

 政権のキャッチフレーズに「美しい国づくり」「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、憲法改正、教育改革を前面に打ち出したことも、景気回復が実感できない中では「政策の優先順位が民意とずれている」と批判され、政権失速の下地をつくった。

 小泉改革路線の継承を訴えて党総裁選で圧勝したにもかかわらず、昨年十二月には郵政造反組の復党を容認。小泉改革への評価をあいまいにし続けた政治姿勢は改革後退と受け止められ、無党派層を中心とした「安倍離れ」の契機になったといえる。

 今年五月には集団的自衛権行使の憲法解釈見直しを検討する有識者会議を設置したが、公明党の反発を招き連立与党体制のきしみを拡大させた。

 「再チャレンジ支援」「新成長戦略」「消費税に逃げず、逃げ込まず」…。首相が発信したのはスローガンばかりとの印象はぬぐえない。政府関係者は「安倍首相は理念を重視する政治家だが、具体的な政策に結実させる戦略性を欠いていた」と振り返る。

 ▽打開ならず

 首相は、就任直後の中国、韓国訪問により、靖国問題で冷え込んだ両国との関係改善に一定の道筋を付けた。だが従軍慰安婦動員をめぐり「狭義の強制性」を否定した発言は、中韓両国だけでなく米国からも批判された。北朝鮮対応では、拉致問題に進展がない限りエネルギー支援に参加しないとの強硬姿勢を堅持したが、日朝交渉の手詰まりは打開できず、「主張する外交」も政権浮揚には結び付かなかった。
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by deracine69 | 2007-09-23 08:00 | 政治  

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