「強い派閥」今は昔 中間議員、麻生氏へ 自民総裁選

2007年09月24日07時18分 朝日新聞

 安倍首相の突然の辞任で降ってわいた自民党総裁選は、派閥の会長たちがこぞって推した福田康夫氏の逃げ切りで幕を閉じた。「古い自民党」批判を展開した麻生太郎氏も巻き返し、終わってみれば双方が「これが自民党のバランス感覚だ」。かつての強い派閥が復活したわけでもなければ、小泉前首相を生んだような大逆転劇も起こらない。「党再生」の大命題は、新総裁の政権運営に持ち越された。

■中間議員、麻生氏へ

 「得票数をご覧になってどう思われましたか。派閥の数合わせ、とおっしゃいましたが、そうでなかったと証明されたんじゃないですか」

 23日夕、自民党本部。新総裁に選ばれた福田氏は記者会見で、「派閥談合」批判を意識して自らこう語った。

 福田氏330票、麻生氏197票。両院議員総会で開票結果が読み上げられると、会場に拍手が起きた。とりわけ沸いたのは、敗北した麻生氏の陣営だった。

 福田氏支持を打ち出した8派の所属議員は計300人余り。無派閥を含め、21日時点の朝日新聞の取材で「福田氏支持」は253人。態度を明確にしていない議員が79人いたが、福田氏が獲得した議員票は254票どまり。中間的な立場だった議員が、麻生氏に雪崩を打った結果だ。麻生選対の幹部も「(全体得票の)上限は170票ぐらいと思ったが、夢のまた夢の数字に到達した」と驚きを隠さない。

 「いまの自民党に対する批判票だ。派閥でものごとを進めていくことに民意から批判があり、それが国会議員票にも影響した」。21日には態度を明かさず、結局、麻生氏に投票した高村派の若手はこう声を潜めた。

 もっとも、01年総裁選で小泉前首相が予想を覆す逆転勝利をとげて以来、総裁選での派閥の結束は乱れ続けた。03年には津島派の前身である旧橋本派が分裂、06年は派閥横断の「安倍雪崩」が起き、派閥会長は存在感すら示せなかった。今回も、そんな流れは止まっていない。

 「割合で言うと、伊吹派だめ、高村派だめ、山崎派だめで、うちはその次だ」。津島派幹部は、福田氏支持の各派ごとの歩留まりを数え、ため息をついた。これらの派閥は会長がそれぞれ福田氏支持を表明したが、足元は崩れていた。

 伊吹派は中川昭一前政調会長、高村派は大島理森国対委員長、山崎派は甘利経産相……。派内で中心的役割を担う「ナンバー2」たちが公然と麻生氏を支持したり、沈黙を守ったりした。会長が「領袖(りょう・しゅう)」と呼ばれた時代は過ぎ去り、影響力を行使するどころか、派の分裂に至らないよう、そうした派内の動きも黙認せざるを得なかった。

 結局、結束が崩れなかったとみられるのは谷垣派と二階派だけ。麻生氏支持に回った古賀派中堅は「決して派閥の時代じゃないことを、この数字が表している」と力を込めた。

 ただ、「派閥談合」批判にあわてて、「失敗だった」(町村派幹部)と揺り戻しの動きが党内で強まった側面も否定できない。津島派の津島雄二会長は、こんな分析を披露した。

 「いい票の出方だった。負け惜しみではなくて。自民党の現在、将来のためにもこういう票の出方は決して談合でもないし、話し合いでもない、それぞれの意思に従った結果だ」

■擁立3派も足並み乱れ

 開票後、福田氏擁立の流れをつくった2人の派閥会長は「挙党態勢」で口をそろえた。

 谷垣禎一・谷垣派会長 全員野球、みんなが頑張っていかないといけない。私も福田さんを一生懸命支えていく。

 古賀誠・古賀派会長 どういう立場であれ、しっかりと支えていく。

 安倍政権と距離を置き、冷遇されてきた両氏の仕掛けは早かった。谷垣氏は首相が辞意を表明した12日夜、古賀氏と山崎派会長の山崎拓氏に電話で「私も覚悟はあるが、こだわらない。安倍政権の流れを変える、方向転換をすることが第一だ」と持ちかけた。

 昨秋の総裁選で安倍、麻生両氏と争った谷垣氏が今回立候補すれば、福田氏が腰を引くことは確実だった。谷垣氏の立候補見送りで古賀、谷垣、山崎3派の動きは加速。福田氏が立候補を事実上表明した14日には古賀、谷垣、山崎の3氏は福田氏と会談し、報道陣にも公開した。「派閥選挙と思われる」と批判もあったが、福田氏擁立を主導したことを印象づけたい思惑が勝った。

 だが、フタを開ければ、谷垣派は別にしても、古賀、山崎両氏は自らの派閥すらも福田氏支持で固めることができていなかった。

 「こうなると人事は難しくなる。古賀さんは、党副総裁に祭り上げられるのかなあ……」。23日夕、都内のホテルに設けた古賀派の選対本部に出入りする議員の表情は浮かなかった。投開票前、派内では「古賀さんは幹事長に」との声も強かったが、夜に開かれた派の打ち上げ会では、ポストの話題は出なかったという。

 首相の退陣表明から福田新総裁誕生へ――。この政局の陰には、派閥とは別次元の動きもあった。

 「派閥が麻生さん、福田さんに分かれたというよりも、無派閥の新人議員の多くが福田さんに改革の実行を期待した。これが彩りとして新しい自民党を象徴している」

 05年郵政選挙で初当選した「小泉チルドレン」の一人、小野次郎衆院議員は開票後、こう胸を張った。

 伏線は10日の代議士会にあった。「小泉改革を否定することだ」。小野氏や中川泰宏氏らが、郵政反対組の平沼赳夫氏の復党を容認しようとする首相と麻生幹事長を公然と批判した。首相が麻生氏に辞意を漏らした直前のことだ。12日に首相が辞意を表明すると、中川氏らは「小泉再登板」を求めて走り始めた。

 結局、小泉前首相は受け入れず、小野氏らは福田氏支持に流れた。だが、小泉氏は彼らの動きを評価していた。

 23日夜、小泉氏は中川氏や猪口邦子氏ら当選1、2回の衆院議員を都内の中華料理店に招いた。総裁選を振り返り、こう語りかけた。「すごかった。勇気があった。影響力があった」
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by deracine69 | 2007-09-24 07:18 | 政治  

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