【ムルアカ ニッポンをきく】「辞任は分かる人に分かれば」前首相夫人・安倍昭恵さん

2008.4.18 13:01 MSN産経ニュース

f0013182_20543675.jpg 今回のゲストは前首相夫人の安倍昭恵さん。ムルアカさんとは同年代ということもあり、気が合う2人。前首相辞任の内幕、若くしてファーストレディーになった心境、今後の活動などを新聞紙上で初めて語った。

 ムルアカ 40歳代はおそらく初めてだと思いますけど、ファーストレディーになられた感想はいかがでしたか。

 安倍昭恵(夫の安倍晋三前首相が辞任して)もう半年たちましたが、今思うと「自分はそんな立場だったのか」というのが正直な感想です。でもいい経験になりました。若くて至らない点があったと思うし、周囲からみてもそうだったと思いますけど。いろいろな方に支援していただきました。私なりに若々しい外交ができればと思っていましたが、若いという意味では率直に他の首脳夫人に「何でも教えてください」といえました。

 ムルアカ 国民の多くは総理が記者の質問に答える範囲でしか、官邸の(仕事の)大変さを知らないと思う。昭恵さんも安倍前首相が病気で入院されて大変でしたね。

 安倍 官邸は私にとって別世界。いるだけでプレッシャーでした。オフィスの方の大変さは実際は見ておらず、外遊についていった範囲ぐらいでしか分からないですけど。主人が公邸に帰って、少しの時間いっしょにいる中で、「相当ストレスがあって大変なんだろうなあ」と、ずっと感じていました。特に最後の方は夜ちゃんと寝られないとか、食事をきちんととれないとか、次々と体調の問題が起こって。一方で、すぐに決断していかないといけない責任がありました。「一国のトップの責任は全然違うんだなあ」と主人の言動から感じました。私にもやることがあったとはいえ、健康面のケアをもっとできたのかなという後悔はあります。主人は大変だったと思います。

ムルアカ 辞任はいつごろ知ったんですか。

 安倍 主人にいわれたのは数日前。日程をキャンセルしたりしていて、約束は破らない人だったので、体調が相当悪いのだなと分かっていました。辞任直前(2007年9月)にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議へ出席した際の会見で、(テロ対策特措法の延長法案ついて)主人は「職を賭していく」と発言しました。「辞任を覚悟しているのかな」という感じでした。具体的に辞めるとはいってたかはよくおぼえていませんが、いってなかったと思います。私からは参議院選挙に敗北した際に「辞めないの」とは聞きました。でもそのときは元気だったので続投を決めました。私としては体を心配する一方で、何とかして切り抜けられないかという感じだったんですけど…辞任は分かる人に分かっていただければ。

勇気ある決断

 ムルアカ 時がたち、冷静になれば判断が正しかったと(世間も)思えるようになると思う。前首相は「迷惑をかけられない」と辞任され、政治の空白を作らなかった。国益のために立派で正しい判断をしたと思う。ただ、問題はタイミングです。

 安倍 主人は持病を抱えていました。首相になっていいかどうかは別として、これまで大丈夫だったので、首相になっても大丈夫との判断でした。だけどストレス管理がうまくいきませんでした。責任を果たせないのに、首相の椅子(いす)にしがみついていてもしようがないというのが主人の考え。もちろん無責任だという批判は想像されましたが、国のことを考えた勇気ある決断だったと思います。

 ムルアカ ところで、ファーストレディーは晩餐(ばんさん)会でもご飯を食べるだけではなくて、服装や言葉遣いに注意したり、マナーの勉強もしないといけない。高齢ではできない部分もあります。過去の首相夫人はあまり表に出ませんでした。

 安倍 でも過去の首相夫人はそれ以前に、ご主人とともに経験を積まれておられます。私は勉強不足な面ばかりだから…。

 ムルアカ 私は逆だと思う。人間は年をとるとどうしても脳の働きは衰えます。

 安倍 それは年ではなくて、人によると思いますよ。

 ムルアカ 外国の大統領夫人には、夫のサポートをするだけでなく、国民の代表として世界で活動する人が多い。これからどうしたいですか。

 安倍 今は(ファーストレディー時代に)会えなかった人と会食したり。(趣味として)長刀(なぎなた)も始めました。具体的な活動はまだ考えていません。ただ1年間主人とともに(首相夫人として)活動する中で、いろいろな方に巡り合い、いろいろな国で障害者施設や学校を見て回りました。これからも何かしら役に立つ活動をしたいとは思っています。今もいろいろな施設を訪問したり、さまざまな分野の専門家にお話をうかがったり、細々と活動しています。

 ムルアカ アフリカ支援についてはいかがですか。

 安倍 アフリカや東南アジアには素晴らしい才能を持っているのに貧しくて教育が受けられない子供たちが多いので、教育を受ける機会が増えることが大切だと思います。今も多くの人が支援していますが、「なぜうまくいかないんだろう」との思いはあります。また私は日本人として誇りを持っているので、日本に生まれてよかったと思える子供が多く育ってほしいと思います。そういう子供がアフリカを訪れ、自分がいかに恵まれているかとか、人とのきずなの大切さを知って、相互理解が進めばいいですね。

 ムルアカ 世界中に戦争や内戦で親を失い、貧しい生活を強いられている子供たちがいっぱいる。彼らに何らかの形で手を差し伸べられないものでしょうか。日本人は大変といっても飢え死にはしていない。(地道な)農業プロジェクトを通じて救うのも方法の一つでは。昭恵さんはこれから50年は生きられるでしょう。

 安倍(大笑い)

支援は前向きで

 ムルアカ 昭恵さんの世代は責任を持って活動しないと。

 安倍 私はたまたま(親しい)作家の曽野綾子さんとアフリカに行きましたが、行かなければ遠い国でした。興味を持ててよかったと思います。そんな縁ができたからにはお役に立ちたいですね。日本でアフリカの国々のことをもっと知ってもらうのも一つだと思います。援助を差し伸べる人や団体は多いのに、なかなか援助の成果が出ていないように見えることは残念だと思います。

 ムルアカ 私は援助のポイントがずれていると思う。

 安倍 日本政府は先方が欲しい物のリストに沿って提供しています。精査しているとは思いますが、アフリカ側も本当に欲しい必要とする物を要求しないと。

 ムルアカ そう、そこがずれている。例えば留学制度を使って海外へ渡る人は、それなりに裕福な人が多い。でも本当に貧しい人にチャンスを与えれば、明治時代の日本と同じように才能が広がる。日本という国も理解される。

 安倍 主人はアジアに学校を作る50人の議員連盟に参加しています。50人いれば年1校作れます。私も何かやりたくてミャンマーに学校を作りました。まだ1つだけですが。訪れたことがありますが、どこへ行っても子供はかわいいですね。

 ムルアカ 最後になりますけど、ファーストレディー時代に印象深かった人は誰ですか。

 安倍 (ブッシュ米大統領夫人の)ローラさんでしょうか。ASEAN(東南アジア諸国連合)の会合でベトナムへ行ったとき、まだ右も左も分からない私にアドバイスしてくださいました。その後も何回かお会いして親近感がわきました。とても温かい方です。米国のファーストレディーにはスタッフが25人もいるということですが、大変だなあと思いました。あとルワンダの作家のイリバギサさんには感銘を受けました。彼女は1994年の大量虐殺で100日間トイレにかくまわれ、親兄弟はみな殺された。それにもかかわらず最後は犯人のために祈り、すべてを許したそうです。それを聞いて「なぜ許せるんだろう」と驚きました。すごく穏やかな人でしたね。

 ムルアカ 私もルワンダの虐殺の真実を知る一人です。友人を何人も失っています。この出来事の根は大変深く、昭恵さんがルワンダの作家のひと言を聞いてそれをそのまま信用してしまうのはいかがかと思います。生き残った人間として命の重みを感じますし、多くの人が死んだ事実をもっと知る必要があると思う。この話は本が一冊書けるほど大変長いものです。今日は貴重な時間をありがとうございました。(構成・井田通人)



優しく強い人

 ≪会想録≫

 安倍家とは、晋三先生のお父上、晋太郎先生の時代からのお付き合いです。22年前に外相だった晋太郎先生と、外国から来た政府要人との会談に私が参加したのがきっかけです。晋太郎先生の奥様にもお目にかかりましたが、大変美しく日本的な物静かな女性という印象でした。

 残念ながら晋太郎先生は亡くなられ、晋三先生が国会議員になられました。当初は特別親しいわけではありませんでしたが、その後、昭恵さんとアフリカ関連の会合でお会いしました。出会いとは不思議なもので、互いの共通の友人が多かったことで信頼関係が深まりました。

 同年代でもあり、家族ぐるみの交流をさせていただいています。昭恵さんはひと言で言うと思いやりがあり、優しく強い人。アフリカと日本のため、ダイアナ元英皇太子妃のように活躍していただきたいと願っています。



【プロフィル】安倍昭恵
 あべ・あきえ 聖心女子専門学校卒業後、電通に入社。1987年に父・晋太郎氏の秘書を務めていた安倍晋三氏と結婚。6年後に晋三氏が衆議院議員となり、代議士の妻となる。晋三氏の首相就任にともない2006年9月から07年9月までファーストレディーとして活動した。「アッキー」の愛称で知られる。父は森永製菓の創業者一族で社長を務めた松崎昭雄氏。45歳。東京都出身。

【プロフィル】ムウェテ・ムルアカ
 コンゴ民主共和国生まれ。1981年国立イナザ・イスタ大卒業後、ザイール国営放送入社。85年に来日し、89年東京電機大電子工学科卒、99年工学博士号取得。この間、92年から2002年まで鈴木宗男衆議院議員の私設秘書となったほか、駒沢女子大や白鴎大学の講師を務める。現在は神奈川工科大特任教授、FCCA協同組合理事長。46歳。
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by deracine69 | 2008-04-18 13:01 | 政治  

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