“政変前夜”小泉・小池コンビの野望

2008年5月10日 文藝春秋

ポスト福田争いは麻生、与謝野を小池が猛追。対する小沢の奇策とは?

「四月危機のあとに、五月危機がある」。そして、そのあとにくるものは……。

 永田町には、今や“政変前夜”ともいえる空気が漂っている。いずれ福田政権が立ちゆかなくなる、というのは自民党内でも共通の認識となり、対する民主党も、代表・小沢一郎はもはやカリスマ党首とはほど遠い存在で、九月の代表選に向け、ポスト小沢をにらんだ動きが見え隠れしている。両党首がいずれも求心力を失い、裸の王様に近い存在と誰もが感じ取っている。衆議院の解散・総選挙によって、早く白黒をつけるべきことは明白なのだが、首相・福田康夫が、最後の砦、自民党政権を手放すことになるかもしれない、との一点だけで、容易に踏み切れないのが実情だ。“平成の徳川慶喜”として、後世に不名誉な名を刻むことになるかもしれない恐怖心が福田に重くのしかかっているのだ。

 こうした不穏な空気が充満している永田町において、誰よりもその活発な動きが目につくのが、「三度のメシより政局が好き」な元首相・小泉純一郎である。官邸を去って、一年半余り。これまではオペラや歌舞伎三昧の日々を送り、政治的な発言は極力避けてきた。それでも今も選挙の応援要請は引きも切らず、自民党内でも「現職首相の応援はいらないが、コイズミの応援はほしい」と公然と語られている。

 小泉を駆り立てるものは何か。それは、「政界再編」の一語につきる。この言葉を聞くと、血が騒ぐのだ。

 四月九日夜の東京・「有栖川清水」。日本経団連前会長・奥田碩(トヨタ自動車相談役)と小泉がよびかけた自民・民主・財界人の会合が開かれた。自民からは、元防衛相・小池百合子、元沖縄北方担当相・茂木敏充、民主からは、前代表・前原誠司、元幹事長代理・玄葉光一郎、元政調会長・仙谷由人が出席。財界からも楽天社長・三木谷浩史らが顔を揃えた。

 奥田が「日本を背負っていく次代の方々と様々な問題について論議を深めたい」と口火を切ると、小泉も「ここには二人の総理候補がいる。今後いろんな動きが出てくるかもしれない」と続ける。それを受けて前原も「自民党政治がいつまでも続くわけではない。自民党が割れての再編なら、可能性として現実味が増す」と踏み込んだ。前原が代表時代に小泉が「一緒にやろう」と、“大連立”をもちかけたことは、政界では知る人ぞ知る事実だ。自民党との全面対決路線をひた走る民主党“主戦派”からは、「安易に小泉に利用されすぎる」と、会合の後、前原には厳しい批判も飛んだ。

 翌十日には、小泉行きつけの東京・四谷の「りゅう庵」で、盟友・山崎拓、民主党・岩国哲人、喜納昌吉らと杯を交わした。上機嫌の小泉は、「権力闘争を理解しているのは、私と小沢さんだけじゃないか」、「おれがなんとか風といったら、解散風といわれたが、私が言ったのは“変革の風”のことだ」と酔いにまかせて子供を諭すようにまくしたてた。

 小泉が最も神経をとがらせているのは、麻生太郎=平沼赳夫の連携による新保守勢力が台頭することだ。小泉は、ポスト安倍の総裁選で「自民党をぶっ壊すという人(小泉)がいたから、今度は立て直すことをしなければならない」とぶちあげた麻生を許そうとしない。片や、平沼は、いまだに郵政民営化反対の急先鋒であり、復党せずに新党結成も視野に入れる無所属のリーダー的存在だ。ふたりは、小泉にとって“最大の抵抗勢力”と映っているのだ。(関連

ポスト福田争いが本格化

「小泉さんが再び首相の座につくことは百二十%ない」と、小泉の偉大なるイエスマンを自認してきた元幹事長・武部勤は同僚議員にこう持論を繰り返している。しかし首相の座でなく、「政界再編の軸」となると話は別だ。いまもカリスマ性を維持し、民主党内からも「小泉となら一緒にやるメリットがある。改革路線を復活するという大義があり、選挙区の支援者の理解も得やすい」とラブコールを送られるほどだ。

「自民党をぶっ壊した」小泉が目指す次のターゲットは“既存の政界秩序”である。小泉にとってねじれ国会というピンチは、これまでの秩序を破壊し、新たな政界の枠組みを再構築する絶好のチャンスなのだ。小泉は言う。「何でも政局と結びつけて言われるが、要は変化についていけない政治家や政党は消え去るのみだ」。

 その小泉が周囲が嫉妬するほど可愛がっているのが小池である。四月九日の宴席に呼んだことも波紋を呼んだ。三月二十三日には、所属する町村派の大幹部である元幹事長・中川秀直と共に中国を訪問し、外交を取り仕切る国務委員・戴秉国、「革命第五世代」のエースとされる共産党組織部長・李源潮らと会談して、存在感を示した。中川が「小池さんはニューリーダーのひとり」と紹介すると、李源潮は「小池さんは中国では有名なリーダーです。さらにビックリしたのは、こんなに優雅な女性が立派に防衛大臣をつとめられたことです」と賛辞を惜しまなかった。防衛相在任中、防衛省のドンだった前事務次官・守屋武昌と対立し、ケンカ両成敗となったが、その後「小池には先見性があった」と評価を上げたことを北京もキャッチしていた。小池は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 四月一日には、「京都議定書目標達成議員連盟(略称・もくたつ議連)」の幹事長におさまった。名誉顧問は、小泉である。町村派は、森喜朗・小泉・安倍晋三・福田と四代続けて総理・総裁を独占している。五代連続は虫が良すぎるのでは、との党内のやっかみも強いのだが、小泉がお墨付きを与えるのであれば、話は違ってくる。何より小池には華があり、小泉とのコンビなら、十分に選挙の顔になるというわけだ。

 ポスト福田として名前があがることに、小池も嬉しさを隠しきれない。これまで顔を見せることがなかった町村派の幹部会には必ず出席しているし、四月二十二日夜の講演では、民主党の前原、枝野幸男ら旧日本新党出身者の名前をあげて、「ごっちゃり私どもの仲間がいる。ねじれ国会のなかで、政局のみではなくて国家の最優先は何なのか、共有し合っているので、大人の対応ができるような、舞台回し役ができればいい」と政権獲りへの意欲をにじませた。

 ただ町村派が一致して小池を推す展開になるかというと、そう単純ではない。派内からは、万が一、政権が行き詰まっての総選挙までの“つなぎ”なら、福田が一定の信頼を寄せ、かつ公明党とのパイプも太い「与謝野馨首相」で、という声も強い。派閥のオーナー的立場の元首相・森も、「小池首相」には否定的といわれる。ある自民党幹部は「冗談でしょ。そこまで自民党はおちぶれていない」と一笑にふす。ただし絶頂期の田中真紀子を念頭に「総選挙だけを考えて、政権維持が目的なら、この際、目をつむってやるしかない」との声は、閣内からさえも聞こえてくるのだ。

 ポスト福田の本命と目される麻生も、闘志を燃やし続ける。相変わらず地方遊説に引っ張りだこで、衆院山口二区補選の応援にも二度入った。一方、合流を決めた古賀・谷垣両派の宏池会とは一線を画す。四月十一日夜には、東京・港区の東京プリンスホテルで麻生派のパーティーを開き、昨年の三倍のスペースに二千人以上を集めた。終始上機嫌の麻生は「今後も精進して、再び挑戦して参りたいと決意を新たにしている」と演壇から、高らかに宣言した。

 麻生が最も心を許しているのは、町村派の相談役におさまった前首相・安倍だ。二人は頻繁に連絡を取り合う。安倍の側にも政権投げ出しで麻生に迷惑をかけたとの思いが強い。四月五日には、安倍の地元、山口・下関に麻生が入り、緊密ぶりをアピールした。さらに“天敵”といわれた選対委員長・古賀誠とは、選対副委員長・菅義偉らが間に入って、和解への準備を整えた。安倍政権末期、幹事長・官房長官としてコンビを組んだ与謝野からも「ずっと力を蓄えておきさえすれば、チャンスはやってくる」と励まされ、意を強くした。麻生には本命視されながら、一夜にして八派連合による包囲網を形成され、首相の座を福田にさらわれた前回総裁選のトラウマがある。ギラギラとした焦りは禁物だと自戒し、福田を追いつめるような言動も控えて、出陣のときを待つ。

小沢の仰天シナリオ

 もう一人、永田町でそのはしゃぎぶりが注目を集めているのが、元幹事長・加藤紘一である。「加藤の乱」から八年近くが経ち、現在六十八歳。政界の主役級の座を降りて久しい。それが最近、周囲も驚くほど意気軒昂だという。二月に同世代の李明博の韓国大統領就任に際し、盟友の山崎拓と超党派の訪韓団を組織して、ソウル市内で李と会談、存在感を示した。帰国後も、反省会と称して、民主党・仙谷らと会合をもった。これを拡大して四月一日には、超党派の勉強会「ラーの会」を結成、当初の十六人から六十七人に膨れあがり、加藤はその熱気に久々の手応えを感じ取った。

「日米だけでなく、中国・韓国などアジアとの関係が重要だ」と控えめながら、やや紅潮した顔つきに加藤の復権への意欲を感じ取った者も少なくない。勉強会は政界再編への布石か、と囁かれ始めている。

 これまで“評論家”と揶揄されることの多かった加藤だが、ここにきて表向きの発言は不気味なほどおとなしい。加藤と親しい議員は、その理由をこう耳打ちする。

「小沢が、首班として加藤擁立も選択肢として、あたためている」。そこには「民主党批判もほどほどにしておけ」というメッセージも込められている。これを境に、加藤は民主党や小沢への厳しい批判を控え、沈黙することが多くなったのだ。「日銀総裁だって、民主党の意向をくんだ人事案を出さなければならないのは分かり切ったことだ」、「ねじれ国会では、それを乗りこえるだけの知恵を出す必要がある」。奇妙なまでの物分かりのよさは、オブラートに包んだ小沢へのエールにも聞こえる。

 加藤の真の狙いは「自民党内の争いは、“新保守vsリベラル”が軸だが、新保守では議会の多数派を形成できない。だから必ず“自民党リベラル・公明+民主党”という枠組への流れができてくる。そのときの大将は自分だ」という訳だ。

 しかし、こうした状況は、逆に言えば、小沢の苦境を物語っている。かつてブレない政治家と称された小沢がブレにブレている。そしてそれが福田の判断の誤りを誘発し、結果として責任は自らにはね返ってきている。四月九日党首討論での「誰と話をすればよいのか教えてほしい」との叫びは福田からの決別宣言だった。それまで福田は小沢へのあからさまな批判は避け、細やかな気遣いを欠かすことはなかった。政権発足後、半年間、ひたすら「低姿勢」で我慢を続けてきたのは、いつか小沢が、幻に終わった大連立構想の借りを返してくれるに違いない、との期待があったからだ。

 それが完全に切れたのは、日本銀行総裁人事をめぐってのことだ。総裁に元財務省事務次官・武藤敏郎を起用することに、小沢は内々、承諾の意志を伝えていた。福田とも親しい元大蔵事務次官・齋藤次郎も積極的に後押しをしていた。

 しかし、二月二十九日に与党が、予算案を民主党など野党三党が欠席のまま、強行採決した時点から、小沢は柔軟路線では、党内を抑えきれなくなった。

 代表代行・菅直人、国対委員長・山岡賢次ら執行部は、「議長あっせんは反故にされた」と口をそろえ、「日銀総裁への財務省天下り反対」、「ガソリン値下げ実現」に大きくカジをきった。小沢はそうした声に、口を挟めない状況になってしまった。小沢のツルの一声が、党の方向性を決めるというのは、今ではもう昔話なのだ。小沢は自分の求心力を維持するために「もはや御輿の上にのっただけの存在にすぎない」(民主党幹部)のである。

 小沢は表向き「遅くとも年内には総選挙がある」との見方を繰り返している。しかし本音では、政権獲りの勝負は、九月の民主党代表選挙前でなくてはならないと考えている。求心力の衰えから、代表選挙で、小沢が無投票で再選される可能性はゼロといってよい。必ず反小沢陣営の中から候補者が出て、一波乱起こる、というのが民主党内の一致した見方だ。党内では地方行脚に徹して、民主党支持者の意見に熱心に耳を傾け続ける元代表・岡田克也らの動向に注目が集まる。

 そこから導き出される小沢の政権奪取戦略こそが“加藤擁立”なのだ。側近が明かす。「福田政権をいくら追い込んでも、政権を失う可能性が高い解散・総選挙を、福田があえて決断する可能性は低い。それなら内閣総辞職に追い込み、福田に代わる首班指名で自民党に手を突っ込む」。サミットを花道に福田が退陣し、自民党が後継に麻生をもってくるなら、小沢は、総裁選に名乗りを上げられない加藤を担ぐ。加藤がハラを括りさえすれば、有力なカードになる、と目論んでいるのだ。

 自民党の対極に身を置きながら、自民党に手を突っ込んで、分裂を誘い、政権奪取を狙うのは、小沢の常套手段である。九四年四月、細川護熙内閣退陣の際に、元政調会長・渡辺美智雄に対して、「自民党から五十人連れてきてくれれば、首相候補だ」と、自民党離党を促したことがある。しかしこのときの同調者は十人に満たず、計画は頓挫した。これに懲りずに二カ月後、羽田孜内閣が総辞職した後にも動いた。自民党がそれまで水と油だった社会党の村山富市を首相候補に担ぎ上げると、対立候補として元首相・海部俊樹を擁立、自民党からの造反を誘った。だが、これも失敗に終わっている。

 最後に天下を制するのは誰か――。初夏の訪れとともに、早くも身を焦がすような権力闘争が過熱している。(文中敬称略)
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by deracine69 | 2008-05-10 23:59 | 政治  

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