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匂いのデザイン

2008年05月12日 朝日新聞 長濱雅彦准教授のキャンパスブログ

 私の専門は工業デザインだから、人間が使う道具のカタチが無くなってしまったら廃業である。

 例えばオーディオ。30年前までは、部屋の特等席に半畳ほどあったものが年々縮小され、今では手のひら以下。それどころか携帯電話の中に入り、姿は完全に失われた。

 これが時代の大転換期、IT化の荒波なのだろうが、メード・イン・ジャパンを支えてきたメーカーにとっては、たまったもんじゃない。カタチの喪失は、長年かかって身につけた得意技「精緻(せいち)なモノ作り」からの作戦変更を余儀なくさせる。戦後の繁栄が長かっただけ、苦労は当分続くだろう。

 ところでこのような混乱した状況は、教育現場ではマイナスに受け止めてはならない。学生たちには「誰も経験していない研究を行えるチャンス」と話している。私の研究室が4年ほど前から、東京工業大学の中本高道先生が作った嗅覚(きゅうかく)装置を利用して「匂(にお)いのデザイン」の共同研究に取り組んでいるのも、学生に新しいチャンスを肌で感じてもらいたかったからだ。

 その装置はインターネットなどで匂いをデジタル情報として送るためのもので、絵の具のように匂いの混合が自由だ。「匂いには色があるのだろうか?」とか、「名作アニメに匂いをつけ、各場面の印象度がどう変化するか?」といった研究を皮切りに、一昨年、画面上でカレーライス作りができる料理体験コンテンツを作成した。これが国内だけでなく、米国など海外の学会(中本先生発表)でも「面白い」とお褒めをいただいた。

 モニター上に、料理人目線で鍋が描かれていて、カーソルを使ってまずそこに油を引く。すると、ジュウッという音と同時に油の焦げる匂いがして始まるシナリオ。ニンニク、タマネギと順に材料を入れると、それぞれの香ばしい香りが音と映像と共に放たれ、遂にはカレーが出来上がる内容だ(体験者はヨダレがでます)。映像は我々デザイン科が担当したが、音は近年新設された芸大音楽環境創造科の学生が引き受けてくれ、三拍子揃(そろ)った研究になった。

 デザインやアートは人間のあらゆる感覚を頼りに展開される科学であるが、これまでは、いわゆる見た目のカッコ良さ=視覚情報に重点が置かれてきた。ところが人間にとっては見た目以上に、音や匂いが時としてリアルに記憶に残ることがある。「それなら視覚情報、嗅覚情報、聴覚情報が1対1対1のコンテンツを作ってみては」。そんな芸大側の提案に東工大側が応えてくれた。

 カタチ無いものにもデザインがかかわっていく世界が確実にある。それは高齢者や目の不自由な弱者を助ける、やさしい情報メディアの研究に通じている。そんなデザインの奥深さに楽しみが増している、今日この頃。

by deracine69 | 2008-05-12 23:59 | 社会  

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