料理使い回し「船場吉兆」の暴走を許した政財界“ご贔屓衆”

5月13日10時0分配信 日刊ゲンダイ

 客の食べ残した料理を次々と使い回していた船場吉兆。“残飯”でカネを取るデタラメは、大阪・船場の本店にとどまらず、博多店、天神店、心斎橋店でも行われていた。船場吉兆は「吉兆」の創業者、故・湯木貞一氏が1男4女にのれん分けしたうちの1社だ。船場吉兆がここまで暴走したのはなぜか。

「それは、船場吉兆がグループ会社5社でもっとも売り上げが低かったにもかかわらず、楽して儲けることばかり考え、“吉兆ブランド”にしがみついてきたからです」(ベテラン料理評論家)

 確かに、日本最高級料亭のステータスを例の“ささやき女将”が簡単に手放すわけもないが、吉兆グループがここまで有名になったのは、そもそも政財界のお偉方のおかげ。夜な夜な会合に使ってご贔屓にし、たんまりカネを落としてきたからに他ならない。

「東京吉兆のホテル西洋銀座店は、小泉元首相が在任時にしょっちゅう通っていて、関係者が『そんなにしてまで……』と呆れるほどでした。安倍前総理や石原都知事も、東京の各店を贔屓にしています」(政界関係者)

“ミスター円”こと榊原英資氏は最近、経済誌のお気に入りの店を紹介する企画で、「あえて今、吉兆にしました(笑い)」と“カミングアウト”していた。

 ひと昔前には世界の首脳だって、吉兆の看板を高めるのにひと役買っていた。79年の東京サミットで、金田中や新喜楽といったライバル料亭を押しのけて、吉兆が日本料理を任された。その実績で、86年、93年の東京サミットも担当したことで、世界的に名前が知れ渡ったのだ。

 船場吉兆にも一度だけ“晴れ舞台”が用意されていた。2000年7月の「九州・沖縄サミット」の蔵相会議。当時、宮沢喜一蔵相(故人)主催の夕食会で、船場吉兆博多店が調理を担当したのだ。

「この時は大阪の船場吉兆本店からも応援を呼びました。宴席からは絶賛の声が上がったものです」(外交関係者)

 この頃から博多店では、使い回しが常態化していたことが先日発覚した。

 ひょっとして、世界のVIPも食べ残しを口にしていたかも?
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by deracine69 | 2008-05-13 10:00 | 社会  

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