【断 イタクラヨシコ】鬱陶しい“オレ様の誇り”
2008.5.15 03:34 MSN産経ニュースある種のラーメン店へ行くと、なんでああもくつろがせてもらえないのだろうか。普通に食事を楽しむ行為を許してもらえないのは、いったい何ゆえか。
だいたいラーメンにありつくまでが大変だ。長蛇の列に並んで店に入ると、今度は壁際のスツールに座らせられ、順繰りに座席を詰めたりさせられて、なかなか落ち着けない。ようやくカウンターに座ると、往々にしてメニューが凝っていてわかりにくく、気後れするばかり。なのに、声もかけてもらえず、こちらから遠慮がちにお伺いを立てるほかない。肩身がせまいったらない。かてて加えて鬱陶(うっとう)しいのは、熱のこもった調理の動作や手つきを、これ見よがしに厨房(ちゅうぼう)から誇示されること。熟練の末の甲斐甲斐(かいがい)しさがさりげなく感じられる程度なら心地よいが、演出の匂いを帯びたパフォーマンスにつき合わされるのは、えー、できれば遠慮したいです。だって、ラーメン食べたいだけなんだもん。
私は、偉そうな人気ラーメン店に出くわす度に、強いコンプレックスを抱えた人が自信をもったときのありさまをいつも勝手に連想してしまう。必要以上に、やたらと偉そうになってしまうのだ。
ラーメンは単に腹を満たすものではなく、「オレ様の誇り」なのだろう。人気ラーメン店を愛し、もてはやすファンやマスコミは、「オレ様の誇り」というシャワーを浴びることに価値を見いだしているのだろう。こうして人気ラーメン店は、ますます誇り高く、悪く言えば増長、よく言うなら、意気に燃えるのだ。(文筆業)
by deracine69 | 2008-05-15 03:34 | 社会