人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日本を滅ぼす“資本攘夷論”

2008年5月26日 NBonline 牧野 洋

 早稲田大学大学院の野口悠紀雄教授は、日本が外国資本にもっと開かれた国になる必要性を訴え、『資本開国論』を書いた。日本では「資本開国論」とは正反対のいわば「資本攘夷論」が横行している現状を危惧したのだ。

 昨年は、最高裁がブルドックソースによる買収防衛策の発動を認めた結果、米投資ファンドのスティール・パートナーズは、ブルドック買収をあきらめた。今年は、英投資ファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)がJパワー(電源開発)の買い増しを目指したが、日本政府に拒否された。

 今ではほとんど忘れられているが、世界に向かって最も強烈に「資本攘夷論」を印象づけたのは、ちょうど1年前に解禁された三角合併をめぐる騒動だろう。

ファンドをスケープゴートにしたキャンペーン

 なぜかというと、三角合併解禁は、スティールやTCIのようなファンドを念頭に置いた法改正ではなかったからだ。ファンドよりも“まとも”とされる事業会社によるM&A(合併・買収)を促進する狙いであったにもかかわらず、日本経団連を中心とした経済界が「三角合併解禁は外資による敵対的買収を誘発する」と主張し、猛烈な解禁反対キャンペーンを繰り広げたのだ。

 しかも、米国の対日経済政策に大きな影響力を持つ在日米国商工会議所(ACCJ)が深くかかわっていた。スティール問題には一切介入していないACCJだが、三角合併解禁問題では欧州の経済団体と共同で何度も意見書を公表し、日本の対応を公に批判していた。ACCJの批判は日本のマスコミではあまり取り上げられなかったが、米国の政策当局者にはきちんと伝えられていた。

 当時、筆者はオンレコもオフレコも含めてACCJ首脳陣に何度も会っていたが、次のような発言を覚えている。「外資というだけでファンドばかりか事業会社までハゲタカ扱いされるようでは、外国人は日本に見切りをつけて中国へ行ってしまうだろう」。

 財務省によれば、2007年度に外国人による日本株投資は過去最大級の1兆5000億円強の売り越しに転じた。まさに「資本攘夷」が成功した格好だ。

買収防衛マニュアルを作りましょう、の連呼

 三角合併解禁について、日本の経済界はどんなことを言っていたのだろうか。今から振り返ると滑稽にさえ聞こえる。例えば、経団連の御手洗冨士夫会長は記者会見で「中小企業、つまり技術を持っていながらも時価総額が小さい会社が狙われやすい」と断言した。

 三角合併解禁とは、自社株を買収通貨として使う株式交換を外国企業に認める法改正のことだ。現金で買収するには巨大すぎる買収案件に際して、現金ではなく自社株を利用できると便利なのだ。事実、世界の大型M&A案件のほとんどは株式交換だ。言い換えると、中小企業などを対象にした小型案件でわざわざ手間のかかる株式交換を使うことはまずない。買いたければ現金で買収しているはずだ。

 しかし、経団連と歩調を合わせて、コンサルティング会社や法律事務所などM&Aの専門家集団は大規模なセミナーを相次いで開催し、「三角合併解禁に備えて防衛策を用意しておこう」と警鐘を鳴らした。「買収防衛マニュアル」と呼べるようなノウハウ本も大量に出版し、大手書店にずらりと並べた。危機をあおらなければ商売にならないから、当然の行為でもあった。それを受けて、上場企業は雪崩を打って買収防衛策を導入した。

 政府も経団連の要望を受け入れ、外国企業に対する三角合併解禁の時期を当初予定の2006年5月から1年延期した。一方、日本企業に対する三角合併は予定通りに同年5月に解禁した。すなわち、日本企業は外国企業を三角合併によって合法的に買収できるようになったのに、外国企業は日本で三角合併を使えない状況が生まれ、内外無差別の原則がないがしろにされた。

自ら招くジャパンパッシング

 さて、これだけ騒がれた三角合併が解禁されて1年が経過したわけだが、経団連の予想通りに外資によるM&A旋風が吹き荒れているだろうか。現実は無風状態であり、経団連は「オオカミ少年」のそしりを免れないだろう。唯一、米シティグループによる日興コーディアルグループの買収で三角合併が使われたが、これは敵対的ではなく友好的買収だった。

 しかも、シティは三角合併を利用する前の段階で日興に対して株式公開買い付け(TOB)を実施し、日興株の過半数を現金で取得していた。つまり、現金買収で既に経営権を取得していたのであり、「三角合併方式の株式交換」というよりも「TOB方式の現金買収」という表現が正確だ。

 もちろん、米国のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題が表面化したことを背景に、欧米企業が先行きに強気になれず、日本を含めた海外で大型M&Aに踏み切りにくい状況でもある。だが、サブプライムローン問題が鎮静化しても、欧米企業が三角合併制度を利用して日本で次々と大型買収を手がけることはなさそうだ。

 三角合併を利用するには現地市場での株式上場が欠かせない。にもかかわらず、東京証券取引所上場の外国企業数は1991年のピーク時から100社以上も減って、25社にとどまっている。外国企業の上場が増えないのは、外国企業に三角合併の利用意思がないことの裏返しでもあるのだ。

 そもそも国境を超えた「クロスボーダーM&A」で制度上株式交換ができるかどうかという視点で見ると、「できない」国は主要国で日本だけで、異常だった。三角合併解禁によって日本のクロスボーダーM&A法制の欠陥がようやく是正されるというのに、経団連は逆に「三角合併解禁で日本のM&A法制がゆがむ」と主張していた。

 日本政府はここにきて対日直接投資の促進に向けて再び動き始めた。「今さら」との声もあるが、外資の「ジャパンパッシング」をくい止めるには、対日直接投資の最大項目であるM&Aの促進が欠かせない。そのためにも「外資が来ると雇用が危ない」ではなく「外資が来ると雇用が増える」へ発想を転換し、むしろ三角合併の利用を外資に促す施策を導入したらどうだろうか。

by deracine69 | 2008-05-26 12:00 | 経済・企業  

<< タイのミャンマー大使館火災「援... TBSの元女子アナウンサー、川... >>