田母神論文: 政府は歴史認識を語れ

2008年11月20日 朝日新聞 私の視点
林香里 東京大准教授(ジャーナリズム・マスメディア研究)

 日本の侵略の過去を否定した田母神俊雄・前航空幕僚長の論文問題で、どうしても気になることがある。

 田母神氏の歴史観そのものではない。挑戦状を挑戦状を突きつけられたともいえる政府側の対応と、それを監視する役割があるはずのメディアの姿勢だ。

 麻生首相は11日夜、「文民統制をやっている日本で、幕僚長というしかるべき立場にいる人の発言としては不適切。それがすべて」と語ったそうだ(本紙12日朝刊)。

 田母神氏に「言論の自由」があるという論理を盾にして、いまだに政府としての歴史認識を語ることを避けている。

 メディアの多くもこれに引きずられてしまい、文民統制や任命責任などに重きを置いて報道してきた。

 しかし、ことは思想や歴史観の問題だ。文民統制や任命責任といった手続き論も重要だが、「それがすべて」と簡単に片付けるわけにはいかない。歴史認識は、特別な政治的アジェンダ(議題)として政府と国民が認識を共有すべきだ。そのための努力を怠ってはならないという責任感が、政治家にもメディアにも欠落していないか。

 一方の田母神氏は11日、参議院の参考人招致で、「ヤフー(のネット調査)で58%が私を支持している」と語り、多くの人が自分を支持してくれているという認識を示した。

 誤った見解は、正しい見解が出されない限り修正されない。政府やメディアが手続き論に終始しているようでは、田母神氏を支持するゆがんだ世論は放置されてしまう。

 それどころか、国民野一色の中で、「ひょっとすると首相も閣僚も心の中では田母神氏の主張に賛成しているのでは」という疑念も広がりかねない。

 問題の論文は、私のように歴史の専門家ではない人間から見ても、誤った歴史観に基づくきわめて稚拙な内容だ。戦後60年以上たった今もなお、「我が国は蒋介石により日中戦争に引きづり込まれた被害者」で「侵略国家と言われるのは濡れ衣だ」と公言する人物が自衛隊を率いていた事実に驚く。

 首相や浜田防衛相は、本質的な議論をうやむやにしたまま問題を幕引きしてはならない。田母神氏の主張のどこが、どう間違っているのかを一つずつ具体的に指摘すべきである。

 首相が率先して田母神氏の主張に反論し、政府が毅然とした態度を示すことで、文民統制をより強固にできる。

 メディアは目の前のできごとや多くの専門家の見解を報じるだけではなく、早く公式見解を出すように首相に迫るべきだ。その見解の妥当性を検証して初めて役割を果たしたことになる。
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by deracine69 | 2008-11-20 06:00 | 社会  

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