巧妙なようで稚拙な犯行

2008年11月20日 朝日新聞
佐木隆三 作家

 二つの襲撃事件が同一犯による連続性の高いものであることは間違いないだろう。だが、個人的な犯行なのか組織的な背景があるのかは、まだわからない。犯行声明でも出ればもう少しはっきりするのだが。

 現在わかっていることは少ないが、そこから考えられるのは、次のようなことだ。

 なぜ厚生省の元事務次官が襲われたのか。近年の国内のテロ事件を振り返ると、1995年の国松孝次警察庁長官銃撃事件や2003年の田中均外務審議官(肩書きはいずれも当時)の自宅に発火物が仕掛けられた事件など、高級官僚が狙われたケースは少なくない。

 今回の事件の背景として、「消えた年金」や「消された年金」など年金問題にからんで厚生労働省や社会保険庁そして官僚全体に対する世の中の強い批判があるのではないか。犯人の側の思いを想像すると、年金問題に対する告発や、望ましくない役人すなわち「悪代官」をこらしめる、というゆがんだ思いがあるのではないか。巧妙にやり遂げたと思っているのだろう。

 目撃情報のように、犯人が30歳前後の男なら、76歳の元次官が現役の官僚だったころは10代ということになる。接点はあったのだろうか。厚生官僚を「こらしめる」のなら、なぜOBを狙ったのか。中央省庁の幹部の自宅住所は公表されていないが、かつては人名録などに掲載されていた。犯人は、もし厚労省関係者ではないなら、古い刊行物から住所を知ったのではないか。逆に言えば、10年以上前に要職についていた人物だから狙われたのであり、自宅で襲われたことも説明がつく。

 今回の容疑者は銃や手製爆弾ではなく刃物を使用している。かつての日本のテロは凶器に刃物を使い、「一人一殺」を唱えていた。その意味では古典的な手口かなとも思う。こうしたやり方は一般的には右翼系に多いが、今回の事件が組織的でないとすると、思い込みが激しい個人による犯行ではないか。

 気の毒なことに、元次官だけではなくその奥さんまで刺され、亡くなったり重傷を負ったりしている。彼女たちは本来的にはターゲットにないはずだ。年金問題について何らかの思いを果たすつもりなら、夫人の殺傷は大義名分に合わない。巧妙なようでいて、実際は稚拙な犯行と言うべきだ。世の中を騒がせたかったからなのか。犯行の背景に大きなものがあるという性質ではないように思う。


 37年生まれ。著書に「復讐するは我にあり」「オウム裁判を読む」など。現在、北九州市立文学館館長。
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by deracine69 | 2008-11-20 06:00 | 社会  

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