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『闇の奥』の奥―コンラッド・植民地主義・アフリカの重荷 [著]藤永茂

[掲載]2007年02月04日
[評者]酒井啓子(東京外国語大学教授・中東現代政治)

『闇の奥』の奥―コンラッド・植民地主義・アフリカの重荷 [著]藤永茂_f0013182_21110100.jpg自らの邪悪を他者に投影した西欧人

 冒頭からスリリングだ。コッポラの名画「地獄の黙示録」から、ベトナムの密林にカーツ大佐が出現するおどろおどろしさを再現し、その原作のコンラッド『闇の奥』から、主人公が狂気に絡め取られていく姿を引用する。これだけでも読者を捉(とら)えて放さないが、映画の一シーン、「ベトコンが子供たちの腕を切り落とした」との挿話に著者は着目し、『闇の奥』批判と、背景にあるベルギーの対コンゴ植民地政策批判を展開する。その迫力に、読んでいてぐいぐい引き込まれる。

 アフリカの大国、コンゴ王国がヨーロッパの小国ベルギーの植民地となったこと、しかもベルギー国王レオポルド二世の私有地だったのはなぜか、の解明から始めて、植民地期西欧の、対アフリカ政策と認識を鋭く批判する。著者は、当時の西欧知識人の「アフリカ大陸にひしめく黒人たちは『人間』ではあるが……断じて自分たちと同類ではない」(ハンナ・アーレント!)という認識を指摘し、コンゴでの黒人に対する白人の残虐行為を糾弾したコンラッドもまた、その偏見を免れるものではない、と論ずる。30歳代半ばで初代首相となったルムンバの、独立演説の清々(すがすが)しさに対して、ベルギー国王の植民地経験への無自覚さが何と対照的なことか。

 そこには、キプリングの詩に象徴されるように、「乱れさざめく野蛮な民どもの世話をする」ことを「白人の責務」と捉える、西欧のアジア、アフリカに対する優越意識が底流にある。アフリカを、人間を狂気と地獄に引きずり込む暗黒とみなす西欧の認識は、「原始の邪悪と西欧人の内心の邪悪」、すなわち西欧世界の闇自体を、アフリカに投影して見ることでしかない。サイードの「オリエンタリズム」論に、通底する視点だ。

 著者の経歴が、面白い。カナダで教鞭(きょうべん)を執っていた分子物理学の第一人者が、「白人」の非西欧への差別を、西欧文学に追う。『闇の奥』を翻訳したのも著者だ。専門とする研究分野と別に、追わずに居られぬテーマを抱え続ける。知に対する真摯(しんし)な姿勢に、学ぶところは大きい。

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ふじなが・しげる 26年生まれ。カナダ・アルバータ大学名誉教授。物理学者。

by deracine69 | 2007-02-04 23:59  

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