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現場発:インドシナ2国を回る HIV拡大に時代の光と影

毎日新聞 2008年5月12日

 ◇偏見解き、戻った少女の笑顔/感染者が感染者をケアする試み
 結核やマラリアとともに、人類を脅かす3大感染症に挙げられるHIV(エイズウイルス)。その現場を訪ねて、インドシナの2カ国を回った。国連統治下の民主選挙から15年のカンボジアと、対米戦争終結から33年を経たベトナム。戦後復興から市場経済へと社会が急変する中で、世界各国が協力して途上国の感染対策に当たる「世界基金」の取り組みの現場には、時代の光と影が映っていた。【元バンコク特派員・萩尾信也】

 ◇コンポンチャム

 火炎樹の花が咲くカンボジアの首都、プノンペンから車で東に2時間。民主選挙で和平が訪れた93年当時は、戦火で橋が落ち国道は穴だらけだった。今では橋も再建され、舗装された道を、人や荷物を屋根まで満載した車が行き交っている。

 コンポンチャム州で村道に折れて、ほどなく沼地を走る悪路に入る。車が通れなくなり、少し歩くと道端にヤシの葉でふいた質素な家。生後3カ月で両親をエイズで亡くした7歳の少女は、祖父母と暮らしていた。

 エイズ遺児のケアに当たる地元NGO(非政府組織)のスン・マイサックさん(27)によれば、父親はプノンペンやタイ国境への出稼ぎ先で性感染し、母親も感染した。少女は感染こそ免れたが、村を追われ、祖父母とこの地に移り住んだ。

 電気はなく、水は2キロ離れた井戸を往復する。家の裏の小さな土地に、ナマズの養殖池と畑。最低限の食を自給しようと、援助を受け開墾した。

 売買春や麻薬の注射針が主な感染経路に挙げられるHIVには、偏見がつきまとう。少女は村人に「エイズの家の子」と呼ばれ、祖母が野菜を売りに市場に行くと、誰も買ってくれなかった。

 それも、NGOスタッフが村人や学校を訪ねて偏見をほぐしてくれたおかげで、最近は少女に笑顔が戻った。

 遺児対策事業で1万1169人の子供が学校に通い、1万2471の遺児世帯への食料供与が続いているが、実施は24州中16州どまり。「この地区でも、そこまでのケアを受けているのは一握り。人も予算も全然足りません」。マイサックさんは訴えた。

 ◇プノンペン

 土地バブルにわくプノンペン。バイクと車の渋滞が続く昼下がり、カラオケ屋で十数人の女性たちがコンドームの使用について話し合っていた。

 月2回のHIV感染予防の集まりである。ドレス姿の彼女たちはホステス。客の要望で同席するシステムだ。

 カンボジアでは、性産業が感染の主な要因に挙がる。売春街は次々と閉鎖されたが、カラオケ店が新たな性産業の温床にとって代わった。

 対策は96年に始まった。NGOが予防教育やカウンセリングを計画し、陽性者には治療やケアを提供した。

 経営者は「警察とグルだろう」と勘ぐったが、スタッフが「彼女たちが感染を防ぐ知識を身につけることで、あなた自身も得るものがある」と説得。今では街の店の40%が協力してくれる。

 売買春の背景には、暴力やジェンダーや貧困の問題が横たわる。「だから、彼女たち自身が意識を持ち、変わる必要がある」。予防対策のスーパーバイザー、キャン・ソファル医師は指摘する。

 「私が家族を支えているの。他の仕事をする能力もないし、貯金して美容院をやるのが夢よ」。22歳のホステスの言葉。

 店を出ると、駐車場はいっぱい。一触即発の緊張に包まれた03年の選挙前夜の暗闇は時を経て、きらびやかな世界に転じていた。

 ◇ホーチミン

 急激な都市化が進むベトナム南部の都市ホーチミンの拠点病院の入院棟で、ぼうぜんと虚空を見つめる青年(23)がいた。

 薬物注射の針で感染し、04年に陽性と判明した。自宅療養を続けたが激しい頭痛に襲われて、3日前にここで脳結核と診断された。

 HIV感染者の4割が注射針による感染とされるベトナム。そこで、感染者自身が感染者をケアする試みが続いていた。エイズ支援センターのボランティアたちだ。

 センターには昨年、約1000人が医療相談に訪れ、449人の感染が判明した。ボランティアはそんな当事者の間から生まれた。「同じ境遇の者ゆえに、心を開いてくれることがある」。リーダー格のタムさん(47)は強調する。

 05年に結核で倒れ、HIV感染が判明した。感染理由は口をつぐむが、妻にもうつし、長男も麻薬の回し打ちで陽性になった。自暴自棄になり自殺を図ったことも2度。

 エイズを売春や麻薬とともに「3大悪」に位置づけるベトナムでは、感染者は激しい差別の対象となる。

 「僕の場合、路地を歩くとご近所が一斉に姿を消した。そんな隣人の感情を、同じ感染者のボランティアが訪問して解消してくれた。それで、自分もお返しをと発起した。いまでは担当した若者もボランティアになってくれた」。タムさんが目を細めて言った。

 国の承諾を得て、時には「注射の回し打ちをしないように」と、新品の注射針を配る。「当局も活動を承知はしている。でも時々、売人と間違えられて警察に拘束された仲間もいる」。麻薬と感染。事態は深刻だ。

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 ◆「世界基金」

 ◇国際資金供与で途上国支え、250万人の死を回避
 世界で年間500万人以上の命を奪う3大感染症に対し、官民を超えた国際資金供与で途上国を支えようと、02年に民間財団としてスイスを本部に設立された。00年の沖縄サミットで、日本が感染症への国際的な取り組みを提唱。翌年のサミットで基金設立が決まった経緯から、日本が理事国を務め、先進7カ国が主なドナーになっている。

 受益国のニーズを尊重。基金自体は資金供与に徹し、各国政府やNGO、感染者自身の参加で事業を進める。母子感染予防や患者と家族へのケア、偏見への取り組みも行う。

 現在までに、136カ国の事業に約100億ドル(約1兆300億円)の支援を承認。HIVで140万人、結核で330万人が薬剤治療を受け、マラリアでは4600万張りの蚊帳を給付。3大感染症で250万人の死を回避した。

 世界基金支援日本委員会のサイトはwww.jcie.or.jp/fgfj/

 ◆各国の状況

 ◇背景に性産業や市場経済化
 インドシナ諸国でHIV感染が最初に社会問題化したのは、80年代後半のタイだった。原因に性産業の存在が指摘されたが、予防教育の普及などで感染率は下降した。

 90年代前半になると、戦乱が終結し市場主義経済が流れ込んだカンボジアで感染が急増する。性産業が主な要因とされ、98年には成人(15~49歳)の2%の感染率に達した。海外の援助などで対策を講じ、06年には0・9%まで改善された。

 ベトナムでは86年に始まったドイモイ(開放政策)が、95年の対米国交正常化で加速。時期を合わせて感染拡大が表面化した。麻薬の注射による感染が深刻で、成人の200人に1人が感染していると推測されている。

 なおHIV感染は、現在では、抗レトロウイルス薬などの治療が普及、発症が抑えられるようになりつつある。

by deracine69 | 2008-05-12 23:59 | アジア・大洋州  

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