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中国の最高学府、北京大と清華大の違いは何か

2008年08月22日10時10分 PJ

 【PJ 2008年08月22日】- 中国の最高学府は、というと日本国内では「北京大学」というように思われているようですが、中国国内では「清華大学」が一番と認識されているようです。中国の政治動向を占ううえでも、中国国内の頭脳の双璧と呼ばれる両大学について調べてみました。両大学は北京市内の西北部に、道を隔てて隣り合わせにあります。どちらの大学もオリンピックのマラソンコースにあります。北京五輪の最終日、24日に行われる男子マラソンでキャンパスが映し出されると思いますので、ご覧になってはと思います。

 中国は日本以上に受験地獄だといわれます。北京の中心部、王府井にある大型書店に行くと、1フロア全体が受験参考書で占められていました。そこで「2008年 重点大学 選考指南」という受験本を買い求めました。大学の紹介や特色、就職状況や奨学金制度が紹介されています。日本と同じく中国でも、大卒でも就職難だそうです。

 この本によると、中国には国家が定めた「重点大学」が全土で計133校あります。多くの重点大学は北京に集中しています。少数民族が多く住む内モンゴル自治区には内蒙古大学、新彊ウィグル自治区には新彊大学があります。ただし、チベット自治区には重点大学はありません。国の教育予算をこれら重点大学に傾斜配分しているわけです。

 文系の北京大に対して、理系の清華大というようなくくりも以前はありましたが、いまではいずれの大学も文系と理系の学部・大学院を併せ持つ総合大学です。北京大の国家重点学科は81、これに対して清華大は49です。北京大の蔵書数と教員数が600万冊と1万5946人に対し、清華のそれらは約260万冊と7588人です。就職率は共に95%以上です。これらの数字を見ると、北京大が清華大に対して圧倒的に優位にあるように思われます。日本での評価はこれらに基づくものでしょう。

 しかし、中国の国家教育委員会(現国務院教育部、日本の文部科学省に相当)が1995年に公表した大学院のランキングでは清華大が1位、北京大が2位、南京大が3位、復旦大が4位となっていました。ランキングは論文の主要学術誌への掲載数や引用数、博士・修士の学位授与数、大学院生の比率などで求められました。清華大が理系の大学院教育に強いがゆえに、ランキングでは北京大を上回ったという見方もあります。ちなみに、ランキング外大学への配慮などから、中国政府は大学院ランキングの公表を以後取りやめました。

 清華大の強みはなんといっても「清華マフィア」と呼ばれる人脈でしょう。中国という国は13億人の人民に、共産党員が7000万人いる共産党独裁国家です。理科系出身のテクノクラート支配が特徴です。この国家を支配するのが9人のメンバーから成る共産党政治局常務委員で、その頂点に胡錦涛国家主席がいます。現時点で、この中で清華大卒は胡錦涛氏のほか、呉邦国・全人代常務委員長、習近平・国家副主席の3人がいます。一方の北京大卒は李克強・国務院副首相の1人です。「経済皇帝」と呼ばれた朱鎔基・元常務委員ら、清華大は中国共産党の首脳陣の多くを輩出してきましたし、いまでもそれが続いています。

 では、この違いはどこにあるのでしょうか。それは大学のカラーにあるようです。清華大の系譜を辿(たど)ると、映画『ラストエンペラー』で有名な清王朝最後の皇帝、溥儀の時代にさかのぼります。1911年、辛亥革命が起こり、清が倒れ中華民国が成立しました。革命の直前、清王朝はアメリカから義和団事件の賠償金の返還金約1100万ドルで清華大の前身、清華学堂を設立しました。

 アメリカはこの返還金の使途を、将来アメリカと対等に話ができる国家幹部候補生になる学生を養成すること、と指定しました。設立当初は「留美予備校」つまりアメリカ留学の予備校として機能しました。場所は皇帝の庭園だった場所です。清華大のキャンパスは約400万平方メートルと広大で、芝生の大広場があったり、大きなハスの池があったり、散歩道が付いていたり、チャペルがあったりと、アメリカの大学を連想させます。

 ですから当然、大学の校風やカリキュラムもアメリカ風になります。アメリカはプラグマティズムの国ですから、清華大も実践的な教育内容になりました。目標があらかじめ決められ、それに沿ったカリキュラムが組まれ、学生はそれを系統だって一つ一つしらみつぶしに勉強していく。今風にいえば、プロフェッショナル・スクール的な実務学校の校風があります。さしずめ、中国のエリート官僚養成学校といった風です。

 PJ小田は北京五輪開催前に清華大を訪ねてみました。周囲にはグーグルなどアメリカのIT企業のオフィスが軒を並べています。さすが元米国留学予備校だけあって、学生のほとんどが英語ができるそうです。学生ボランティアがキャンパスの各所にいて、訪れる観光客の案内をしていました。「英語が話せますか」と話しかけると「ちょっとだけ」とはにかみながら女子学生が答えてくれました。ちょっとだけというのは謙そんで、実に流ちょうに英語を話していました。

 「ブックストアとカフェテリアの場所を教えてください」というと、「わかりにくいので私が案内します」といって道案内してくれました。見るからに利発そうで、学部で電子工学を学んでいるといってました。「将来は」と聞くと、「マサチューセッツ工科大学に留学して世界一の学問を得て、国のために尽くしたい」と優等生的な答えが返ってきました。やはり、この大学は国家エリート養成学校なのです。

 「日本の大学、例えば東京大学に留学はどうですか」と聞くと「・・・」と黙ってしまいました。日本の大学など眼中に無いのでしょう。確かに東大の理系学部・大学院は世界的に見てすばらしい実績があります。ただし・・・。キャンパスがあまりに見劣りします。清華大の広くてすばらしいキャンパスに通っていたら、東大のごちゃごちゃして古くさいキャンパスにあまり魅力は感じないでしょう。

 福田首相は留学生30万人計画を打ち出しましたが、キャンパスや学生寮などの学習環境を見れば、それほど日本の大学に魅力があるとは思えません。そんなことも一因となって、留学生に惜しみない資金援助をしているにもかかわらず、反日感情を抱いて祖国に帰っていく悪循環が生まれています。留学生につぎ込む教育予算があるのなら、日本の学生への奨学金制度を整備したほうがよっぽど国益につながると思うのですが。

 清華大に対して、北京大は校風がまったく違います。それはキャンパスにも現れています。ひろびろとし整然としたアメリカ風な清華大に対して、北京大は雑然とし、中華風の建物が目立ちます。北京大の歴史は清華大よりも古く、1898年創立です。明治維新の影響を受けた清の光緒帝の命によって「京師大学堂」として出発しました。政治学や法学、医学など西洋学問を取り入れましたが、孔子や孟子といった中国の思想が校風の根底に色濃く残りました。当時の中国の最高学府です。

 分科分系制度を採用するなど、北京大は日本の大学制度に大きな影響を受けました。教員にも日本人を採用しました。東京大学をはじめとする日本の国立大学はドイツの大学制度を模したものです。国家型大学といって、国の政策の一環として、国の一機関として作られるものです。当時のドイツではベルリン大学がその最たるもので、司法府、行政府、立法府と同等の大きな権限が与えられました。

 これは国家によって学問の自由が保障されることを意味します。学者や学生にとっては、この上ないことです。したがって、自由な校風になります。北京大にはこの自由な校風がDNAとして脈々と引き継がれているようです。

 自由な校風は国家に対して忠誠を誓わないどころか、時として国家に対して牙をむき出しにする風潮を生み出します。その一例が1968年から1969年にかけての東大紛争でしょう。官僚養成学校的な法学部の学生に対して、大学当局や警察当局と最後まで対峙(たいじ)していたのが、自由奔放な校風を謳歌(おうか)していた文学部や教育学部の学生でした。当時の東大新聞研究所は東大紛争の最後の砦(とりで)と化しました。

 同じようなことが北京大でも起きました。1989年の天安門事件です。民主化を求めて天安門広場に集結していた学生のデモ隊が警察隊や人民解放軍に武力弾圧され、多くの死傷者を出した事件です。このデモ隊に多くの北京大学の学生が中心的な役割を演じたのは周知の通りです。

 PJ小田がアメリカに留学中、多くの北京大出身の中国人学生に出会いました。彼らは祖国からアメリカに亡命し、アメリカの連邦政府や州政府からの資金援助で研究生活を続けていました。友人の一人、劉さんはアメリカで生化学の博士課程を修了し、いまでは医学部の教員になっています。相当優秀な人で、PJ小田が5-6時間かかる宿題を1時間足らずでこなしていました。

 劉さんとはよく飲みました。そして中国の政治についていろいろ教えてくれました。「中国には民主主義はない。友人も殺された。だから帰る気はまったくない。生活費まで面倒見てくれたアメリカで一生暮らすつもりだ。中華人民共和国などどうなってもいいが、漢民族としての誇りは持ち続ける」と話していたのが印象的でした。90年代当時のアメリカは、中国の優秀な学生の亡命を受け入れ、学費と生活費の面倒を見る代わりに、研究実績を求めていました。劉さんもその一人でした。

 東京の大学でも多くの北京大出身の中国人学生に出会いました。どなたも学問の姿勢に対するプライドが高く、一生懸命研究していました。おもしろいことに、誰一人として中国政府のために尽くそうなど考えている人がいなかったのです。むしろ、日中間で仕事ができるベンチャー企業を立ち上げたいと思っている人が圧倒的でした。

 数年前から北京大では「北大荒」といった学内の混乱が起こっているそうです。教員や学生がてんでバラバラな主張を繰り返し、収拾がつかなくなる事態に陥り、それが大学の評価を下げているといいます。これは北京大の自由な校風が災いした一例でしょう。

 中国最高の頭脳を抱えるといわれる清華大と北京大。この対比があまりに鮮やかで、これも中国の顔の多さを象徴していると言えます。こんなことを考えながら、明後日24日の男子マラソンで通過する北京大と清華大のキャンパスを眺めてみてはいかがでしょうか。【つづく】

■関連情報
参考文献
紺野大介著『中国の頭脳 清華大学と北京大学』朝日選書、2006年

by deracine69 | 2008-08-22 10:10 | アジア・大洋州  

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