「人形殺人」メンツ潰した静岡県警 不法投棄男の悲しい事情
9月27日14時32分配信 産経新聞人形を山林に捨てたとして廃棄物処理法違反(不法投棄)の疑いで、静岡県伊豆市の無職男(60)が書類送検された。単なるごみの不法投棄のはずが、静岡県警が、発見された“人間大”の人形を、人と間違えて「大捜査網」を敷いてしまったことから、一躍全国ニュースになってしまった。だが、男が人形を捨てたワケが明らかになるにつれ、もの悲しくも切ない事情が浮かび上がってきた。
■「女性の遺体発見!」…緊迫の県警本部
静岡県伊豆市冷川。風光明媚な伊豆半島の山間に位置するこの付近は別荘地として知られる。市街地から約15キロ離れていることもあり、人通りは少ない。
9月1日午前7時ごろ、犬の散歩をしていた別荘地に住む女性(59)は斜面に人形のようなものがあるのに気づいた。
ひざを曲げ、斜めに倒れているような状態。腐敗臭などもなく、人間の数千倍の嗅覚を持つとされる犬もまったくの無反応だった。女性は「何となく気分が悪くなった」ものの、そのまま帰宅し、人形のようなものを発見したことを、夫(59)に告げた。
夫は1人で様子を見に行き、「人形」を棒でつつくとマネキンとは違った弾力を感じた。
「これは遺体ではないか…」
午前10時20分ごろ、急いで帰宅した夫は110番通報した。
「ビニールに包まれた遺体らしきものをみつけた」
県警通信指令室から連絡を受けた大仁署は刑事課員ら15人が現場に急行した。
■捜査1課長も出動、本格捜査を始めたが…
「遺体」は道路脇の斜面下約5メートルの山林に緑色の寝袋に包まれた状態で放置されていた。
頭髪部分と足先だけが露出。洋服を着ていたが首、胴体、足首の3カ所はひもで縛られ、足の裏には土が付着していた。殺人・死体遺棄事件が疑われる状況だった。
現場を見た捜査員は見た目や感触などからすぐに「遺体」と判断。道路には立ち入りを禁止する規制線が張り巡らされた。
ほどなく県警本部からは殺人や強盗など凶悪犯罪を専門的に扱う捜査1課の捜査員が到着。聞き込みを始めるとともに、鑑識課も指紋採取や遺留品の捜索に着手するなど、ものものしい雰囲気に包まれた。
事件発覚後すぐに犯人が判明するような殺人事件では、所轄の警察署だけで事件捜査にあたることが多いが、今回は本部の捜査1課員はもとより、捜査1課長や刑事部長といった県警幹部も現地入り。重要凶悪事件とみて県警が態勢を整えた様子がうかがえる。
午後1時25分には「遺体発見について」と題して報道発表。大仁署では記者会見の準備も着々と進められた。
「遺体」は捜査員の手で慎重に大仁署に運ばれた。
通常、変死体が発見されると司法解剖する前に、外見上から死因や死後の経過を推定する検視を実施する。今回も大仁署の検案室で検視を行った。
ところが検視官が寝袋を開いてみると…
これまで「遺体」として扱っていたものが実は「人形」だったと判明する。
「頭髪と足先しか出ていないのと、作りが精巧だったため間違えた」
県警幹部はこう釈明するが、そこまで精巧な人形とは…
■驚愕の価格! スラリとした体形はあの人気モデル、有名女優と同じ
人形はシリコン製で、黒髪の日本人女性を模して精巧に作られていた。インターネット上では“この種”の人形が多く販売されている。
安いものは、ビニール製で空気を入れて膨らます。これが数千円から数万円ぐらいだ。
だが、シリコン製で大きさも人間の体と同じぐらいのものは、「高級」の部類に入る。価格は30万円ぐらいから高いもので100万円前後と幅がある。
今回発見された人形は身長168センチで重さ54キロ。価格はナント「113万円」もするなど、まさに“本物仕様”の最高級品だった。
140センチから155センチぐらいの大きさが主流のなか、168センチの人形は「モデル級」や「スレンダー級」と形容される種類に入る。
ちなみに同じ身長の有名人には、女優の米倉涼子さんやモデルの蛯原友里さん。リア・ディゾンさんもほぼ同じで「モデル級」との冠は決してウソではない。
「弾力や見た目で少しでも“本物”に近づけるのがこの業界の生命線。いくら警察でもぱっと見ただけではわからないだろう」
「人形」業界の関係者はこう言って胸を張る。
そこまで精巧で高価な「人形」。誰が何のために捨てたのだろうか。
県警は「悪質ないたずら」として、警察業務を妨害された偽計業務妨害容疑で捜査を開始した。
■「捨てた」と名乗り出たのは60歳の無職男…その悲しき理由とは
“殺人事件”騒動が落ち着いた9月6日夕方。初老の男が大仁署を訪れた。
「私が捨てました。騒ぎになっているのは分かっていましたが、なかなか名乗り出ることができませんでした」
人形を捨てたことを認めて自首してきた男は年下の男性警察官を前にポツリポツリと事の顛末を話し出した。
「数年前に妻と死別しました。それ以来、人形を相手に寂しさを紛らわせてきました」
人形との“出会い”は愛妻を亡くしてからだったという。
「しかし、最近になって私も心臓を悪くしたうえに、息子と同居することになりました。こういった人形を持っていることがバレると恥ずかしいので捨てようとしましたが、処理に困っていました」
業者が胸を張るほど精巧につくられた人形。バラバラにすれば余計に事件と勘違いされ、焼却するのもシリコン製では難しい。
だが、山間部の斜面とはいえ、人目に付きやすい道路沿いに捨てたのは、どういった心境からだったのだろうか。県警が疑った「悪質ないたずら」の意図があったのか。男はあの現場を選んだ理由を口にした。
「心臓が悪く重たいものを遠くまで運ぶことができませんでした。遺体に見せかけるという意図はまったくなく、押し入れにしまっていた状態のままで捨てました」
県警幹部は「焼いたり分解したりするのはしのびなかったのだろう」と山林に捨てた理由を分析する。
それを裏付けるかのように、人形には両足の付け根にちぎれた跡があったが、接着剤でつなぎ合わせて修復するなど、男が大事にしていた様子もうかがえるという。
大仁署は男にいたずらの目的はなかったと判断。廃棄物処理法違反(不法投棄)容疑で静岡地検沼津支部に書類送検して一連の殺人騒動に終止符が打たれた。
悪意はなかったといはいえ騒ぎになってしまい、「大変なことをした…」と、男は反省しているという。
「使用済みの人形は販売元や製造元が引き取ることがよくある。困ったらメーカーに電話して相談するべきだった」
人形の業界関係者はこう話し男性に同情する。
■県警は現場周辺に菓子折りを持って…
終わってみれば人形ひとつに振り回された格好の県警。事件が一段落した後、現場周辺に刑事が訪れた。その姿とは、菓子折りを片手に「お騒がせしました」と謝罪行脚に回るものだった。
現場周辺の人たちは、「人形と間違えるなんて警察にとっては面目がなかったんだろう」とあきれ顔をする人もいれば、「間違えるのは仕方ない」と同情する人も。
だが、同業の警察官からは厳しい声も聞かれる。
「遺体と人形を間違うことなんてあり得ない。寝袋から足の先が見えただけで現場で調べることもなく警察署に運び検視官を要請してしまったのではないか。騒ぐ前に所轄の刑事が遺体を検案すれば間違えようがないのに」
元警視庁鑑識課のベテラン捜査員はこう言って一笑に付した。
by deracine69 | 2008-09-27 14:32 | 社会